第18章 カゲロウ
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眠い。
今日はこの報告書を書いて、読んでも読んでもなくならない依頼書の数枚に目を通して、帰ろうと思っている。
ガタッ
備え付けの簡易ポストに、書類が投かんされる音がした。
無意識にため息が出る。
あと少しで帰れる。
そう思った時に限って、急ぎの仕事が入る。
夜勤は嫌いなのに。
また寝不足の状態で、明日の朝を迎えることになりそうだ。
「うわ。ちゃんとした食事取ってないでしょ」
食事も、食べる時間の長さを一番に考えて選んでいる。
栄養バランスは考えているが、味にこだわりはない。
きっと、私がグルメだったら、ここを抜け出していただろうに……。
「…え?」
振り返り際に、ペン立てを倒してしまった。
マグカップも揺れ、中身が少しこぼれた。
そして、手に持っていた完成間近の書類が、開けておいた朱肉の上に落ちてしまった。
でも、そんなことどうでもよかった。
「なん…」
インクをきれいに消せる道具も、時間を戻す力もいらない。
この状況を理解する力が欲しい。
切実に。
「久しぶり…でいいのかな」
どうやら私は本当に疲れているらしい。
幻覚が見える。
目を押さえて、ギュッとつぶった。
けれど、目を開けても、いるはずのない人間が立っている。
薄ら笑いを浮かべて、手を振っている亡霊が見える。
見えるということは、少なくとも亡霊ではないか。
あれが生身の人間であるとするならば…。
「クマ、凄っ!寝れてないの?」
腹立たしい。
これが生身の人間で、しかも私が思い浮かべている人ならば。
非常に腹立たしい。