第15章 終わりと始まり
愛華に携帯を返したため、電話をかけるには、ここらで一番栄えている場所に移動する必要があった。
愛華のお母さんは昼間はデイサービスを利用しているらしく、家の中には誰もいなかった。
借りた合鍵で鍵を閉め、愛華からかりた帽子を深くかぶる。
どこでみられているか分かったものじゃない。
使っていいと言われた古びた自転車にまたがり、坂を下る。
帰りはずいぶん苦労しそうな坂だった。
郵便局の前に公衆電話が設置されているのを発見した。
誰もがイメージするであろう、緑色のシンプルな電話だった。
財布を確認すると小銭が皆無だったので、郵便局で使う予定のないはがきを一枚、一万円札で購入した。
切手には知らない名前の花が書かれていた。
ボックス内には熱がこもっていて、八月の暑さを思い出した。
あんなにも自由だった夏が、遊ぶ余裕もなく過ぎてしまったことに、悲しみを隠せない。
受話器を手に取り、唾を飲む。
汗ばむ手が受話器に水滴をつくる。
どれくらい時間がたっただろうか。
未開封だった飲料の中身は既になくなった。
お金を入れる勇気がなかった。
悩むという形で五条とのつながりを保っていたいという自分が、邪魔をしていた。
『…誰?』
私のことを怪訝そうに見ていた、あの頃の五条。
『これやる』
頬を少し赤らめて、少し溶けたリンゴ味の飴をくれた五条。
『じゃあね。まあまあ楽しかったよ』
驚くほどあっさりした別れを選んだ五条。
『よく頑張ったよ』
私のことを責めずに、でも悲しい顔を隠せていなかった五条。
『千夏』
いろんな顔で私の名前を呼ぶ五条。
どれも、どれも、どれも、どれも。
私の決断を鈍らせる。
唇を噛んで、頭を振った。
輝く笑顔を振り落とすように。
湿った100円玉を一枚だけ入れた。
長く話す必要はないから。
必要最低限のことを伝えるだけ。
ゆっくり番号を押す。
何度も頭の中で繰り返していた番号を。
最後の番号を押し、しばらくの沈黙があった。
まるで、私の心臓を鎮める時間をくれたようだった。
おかげで少し落ち着いた。
『もしもし』
けれど、その落ち着きはすぐに奪われた。