第12章 無駄な生と必要な死
「5年前か」
「そうだね」
私の頬に桜の花びらが付いた。
それをとって懐かしむ。
5年前の春。
私は初めて先生と話した。
「最初は大人しい女かと思ったのに」
「大人しい上に、こんな可愛いなんて思ってなかったんでしょ?分かってるって」
何を話したかは覚えてないけれど、大人に対する信頼の欠片を持ち合わせていなかったから、きっと五条の影に隠れてボソボソ喋る程度だっただろう。
「ねー、先生」
「なんだ」
「私なんかでも、先生になれる?」
ずっと前からの夢だった。
夢というか、使命のように感じていた。
周りの大人が全員クソだと思っていたから、私がいい大人にならないとこの世は終わってしまう、と思っていたから。
私がこの世界に来なかったら、教師の道一直線だったと思う。
「俺みたいになるのは…」
「違う。そっちじゃない。教師になれるかって聞いてんの。誰があんたになりたいと思うんだよ」
先生は目を細めて、私の頭にゲンコツを落とした。
優しさの籠ったゲンコツだった。
「なれる」
「……へへ、そっか」
少し不安だった。
千春が消えてしまったらどうしよう、と。
私は普通の生活に戻れるのだろうか、と。
呪いの被害が起きていることを知っていながら、人が殺されているのを知っていながら、普通に暮らせるのだろうか、と。
「私、先生のこと大っ嫌いだった」
「…ここまでいい話だったよな。おい」
「だって、このフォルムだよ。あ、バカにはしてないからね」
五条抜きで会った時は、本当に逃げ出そうと思った。
先生に限らず、大人かつ呪術界の人間と、同じ空気を吸いたくなかった。