第10章 誕生の隠匿
「い、いやぁぁ……」
しーさんの声が聞こえた。
さっきとは全く違う声だった。
こんなしーさんの声も聞いたことがなかった。
「きゃぁぁぁー!」
柵の外に見えたのは、近所のおばさん。
カバンを下に落とし、口を押さえながら叫んでいた。
その叫び声を聞いたフードを被った人は、千春から鋭利なものを雑に抜き、私の横を通り過ぎた。
フードの下に隠れていたのは、しーさんの彼氏だった。
「ち…なつ」
心臓がとび出そうだった。
けれど、千春に呼ばれたから、いつものように呼ばれたから。
千春に呼ばれると、私の足は動くようになっている。
「けがは、ない?」
千春の胸から赤いものがダラダラと出てきて、視界が滲んだ。
「千春ちゃん、大丈夫!?」
「…」
「救急車は呼んだからね!八乙女さん!」
さっきのおばさんがドアを開けて、中に入っていった。
その間も赤いものが千春のお気に入りの洋服を染めていく。
「ち、はる」
「…」
千春が虚ろな目でこっちを見た。
怒ってる目でも、笑ってる目でも、楽しんでる目でも、疲れてる目でもない。
「しん、じゃ、う、の?」
千春の手をぎゅっと握った。
そして、思い出したように、開け放たれたドアの向こうを見た。
地獄絵図だった。
1LDKの部屋で、ドアを開ければ部屋の全体が目に入る。
リビングに行くまでの廊下には、人形のような千秋と千冬が捨てられていて。
壁や床には赤い飛沫が飛んでいた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」