第10章 誕生の隠匿
何度も千春が時計を見る。
滑り台の横にある大きな時計を、何度も見る。
「ちはるー!見て見て!」
「っ!危ないから、それはやめて」
「…はーい」
けれど、私からも目が離せない。
そんな状態がずっと続いたと言っていた。
「あっ!短い針が3を過ぎちゃったよ!」
「えっ…いつの間に…」
しーさんが帰ってきてるはず。
私はその事しか考えてなかった。
「千秋と千冬、帰ってこないな…」
「多分、ずっと探してたんだよ」
千春の手を引いて、アパートへ向かった。
アパートとは道路を挟んだ向こうにあるけれど、入口はぐるっと回った先にある。
ポストの前にはしーさんの自転車があって、気持ちが上がったことを覚えている。
「パンの耳買ってくれたかな?」
「多分ね。千夏の場合は野菜も食べないと」
千春が2段先を歩く。
「むぅ。美味しくないんだもん」
千春がドアに手をかけた。
私はやっと階段を登り終えた。
「それでも食べないと…」
「千春!!!!!逃げて!!!!」
中から聞こえたしーさんの声は、今でも頭にこびりついている。
あんなにも耳に入れただけで全身が跳ねる声は滅多にない。
「どーした…」
1歩前に踏み出した。
右を向けば、部屋の中が見れたはずなのに。
「千夏!!走って!!」
初めて千春に突き飛ばされた。
一歩間違えたら、階段から落ちていたかもしれないのに。
千春は私を突き飛ばした。
それが悲しくて、お尻が痛くて、泣きそうになったその時。
家の中からフードを被った人が飛び出て来た。
その人の手には銀色の尖ったものが握られていて。
それがそのまま千春の胸に刺さった。