第1章 千夏様
どれだけ時間がたったかは分からない。
おなかがすいて、喉もカラカラ。
そんな時に、五条が現れた。
『これ、千夏がやったの?』
『…』
何も言わず、頷いた。
私は怖かった。
私がしゃべると、五条も死んでしまうと思って。
黙々と拘束具を解いてくれる中、私はそのことばかり考えていた。
五条は帰宅中、ずっと私の手を握ってくれた。
むやみに話せないから、私はずっと黙ったまま。
『ありがとう』すら怖くて言えなかった。
『どうやってあいつを殺したの?』
分からない。
そう伝えたかったけれど、伝える方法がない。
『…もしかして、千夏の親って呪言師の末裔?』
じゅごんし。
聞いたことがなかった。
マツエイという言葉の意味もわからなかった。
だから、瞬きひとつせずに五条の顔を睨んだ。
目に力を入れないと、涙がこぼれそうだった。
『…そんな顔、千夏に似合わないよ』
五条が笑った。
我慢なんて言葉、いつの間に覚えたの?って。
だから、私は泣いた。
五条に抱きついて、叫びながら泣いた。
不安というか、怖かった。
驚くほど簡単に人が死ぬことを知ってしまったから。
その日、五条は私に呪術に関することを教えてくれた。
この時初めて、五条が特別であることの正確な理由を知った。
私が見ていたものすべてが、紛れもない現実であることを教えてくれた。
そして、もう一度泣いた。
私がいくら訴えても信じてくれなかったこの景色を、初めて他人に認めてもらった。
それが嬉しかった。