第9章 陳腐な七色、儚い紅
五条の顔は真っ赤で、こんなにも感情的になっている五条は久しぶりに見た。
「…千夏の命より大事なものなんてない」
消え入るような声でもたれかかってきた五条。
泣いているかどうかは分からないが、私の肩に顔を乗せた彼は子供のようだった。
「…あるよ。私の命より大事なものなんて、沢山ある」
「ねぇよ」
「ある。ここに、あるじゃん」
そう言って、五条の背中に手を回した。
「五条は…五条の命は、私の命より価値がある」
喉が締まる音がした。
五条のからだから出たものだった。
「お前が、それを言うな!」
前に現れた五条の顔は、濡れていた。
五条は泣いていたのだ。
私の肩の上で。
「ハエ一匹殺せないお前が、命の平等を誰よりも望んでるお前が…。命の選別をするな!」
月の下で荒れ狂う男。
彼がこんなにも必死に何かを訴えることが、今まであっただろうか。
「俺はハエを殺しても、呪霊なんかに命があるとは思ってねーし、祓っても罪悪感なんて感じない。1人死ねば10人もの人が助かるのなら、迷わずその1人を殺す」
『じゃあ、5人が死んで5人が助かるなら、どっちの5人を殺すの?』
以前私が五条にした質問だ。
彼はこの質問を覚えているだろうか。
そして、この質問の答えを保留にしたことを。
「だから」
五条は少ししゃくりを上げながら、私の頬に手を置いた。
「千夏は理想を追い続けないと…。千夏は千夏でいないとダメなんだよ。俺が迷わず進むためには、千夏が必要なんだよ」
その手に私の手を重ねる。
五条はクスッと笑った。