第3章 偽装 ★
私は今、窓の外にベルツリータワーが見えるホテルの一室にいる。隣には、零さんがバーボンを片手に座っている。
彼は料亭での私の唐突なお願いを、快諾してくれた。しかも、すぐに「じゃあ早速、始めましょうか」と言って、ホテルに誘ってきたのだ。私に断る理由なんて全くなく、彼についてきていた。
降:「それ、なんていうお酒ですか?」
慣れた手つきでビールとレモネードを割って飲む私に、彼は問うてきた。
『ラドラーよ』
降:「サイクリング、お好きなんですか?」
『ドイツ語も知っているのね』
降:「えぇ。貴女がドイツ人だと聞いていたので、勉強しました」
『嘘つき』
私と彼が組むことが決まったのは、今日。事前に上層部が、私の潜入を決めていたとしても、それはここ数日で決まったことだ。すぐに暴露る嘘を嫌味なくサラッと言うあたり、本当に抜け目ないなと思う。私は『本当のことを言って』と言わんばかりに、彼のブルーアイを覗き込んだ。
ところが彼はフッと笑い、
降:「お互い様では?」
と返してきた。
『お互い様?』
降:「えぇ。貴女ほどの人がなぜ、僕にハニートラップを教えて欲しいなんて言うんですか?」
『なんだ、そんなこと?落としたい男がいるからよ』
私が思っていたことと違う彼の返事に拍子抜けしながらも、彼の問いにあっさり答える。
しかし、その答えに彼のブルーアイが僅かに揺れたことを、私は見逃さなかった。
『そんな驚くようなこと言ったかしら?』と思いながら私は彼から目を逸らし、一息つくためにラドラーを飲み干した。その後、確かめる為に彼へ問うた。