第13章 英雄ぶるのも大概に
●天 side● 〜体育館〜
“The best place to hide a leaf is in a forest.”
日本語で、“木を隠すなら森の中”という意味だ。
初めてこの言葉に触れた時、天はまだ幼かった。遥か昔に思える話だが、その時の記憶は今も天の中に残っている。
当時は言葉の意味なんて深く考えていなかったが、成長と共に意味は理解出来るようになった。しかし、記憶の中で生きる幼い天の、実写版“Pinocchio”に恐怖して泣いた姿だけは、少しも変わらずそこにある。
無意識のうちに記憶の奥底を掘り返してまで、その言葉を思い出した理由は明白だった。今の天の状況が、その言葉を真っ向から否定したからだ。
これほど沢山の人が過ごし、暮らし、日常を送る東京で、天は呆気なく正体を突き止められてしまった。
先人の言葉を否定する羽目になるが、“人が隠れるなら大都会”とはいかなかったのだから、それも仕方がない。
「あなた、元はプレイヤーだったって…
ほんと?」
リコのその言葉の通り、天は確かに元バスケ選手だ。何よりも恐れていた身バレの瞬間だったが、この期に及んで隠す気は起こらなかったし、なんにしても手を打つにはもう遅過ぎる。
自分のツメの甘さに愕然としたが、今更悔やんだところでどうしようもないという事すら天は受け入れていた。
だから、今必要なのは覚悟だけだ。正体を打ち明ける覚悟。全てを話す義務はないが、この場で何も語らない権利もない。
ましてや、自分の事を知りたがり、接触を求めてきた人たちを前にしているのに。
鼻の痛みはもう消えた。絆創膏もおそらく必要ない。
雨の匂いを纏う冷たい空気を肺に取り込み、頭と身体を冷やして冷静を保つ。そして、気が変わらないうちに、空気を吐き出すのに任せて勢いで口にした。
『そんな時期も、あったっスね』
これでもう引き返せない。
自ら引き金を引いた天は、これ以上悪くなる事なんてないよなと、絆創膏へ手を伸ばした。
テープの端を爪で器用に掴み、患部を押さえていたそれを鼻から剥がす。もう大丈夫だと思っていたが、皮膚が粘着部に持っていかれ、つい「イテテ…」と声が出た。