第11章 バスケットボールと花時雨
●天 side● 〜渡り廊下〜
壮絶な中学時代を過ごしたのは天だけではない。
黒子だってそうだった。
だからこそ、今度だけは…
報われる未来はないかもしれない。
愚かにも挑戦した結果、再び絶望を味わうかもしれない。
しかし、今の黒子は確かに希望を抱いている。
何かは分からないが、楽しむきっかけを得たかのように「面白い人を見つけたんです」と天に打ち明けた。
嬉しそうに語っていたあの横顔を、忘れることが天には出来なかった。
だからこそ、今度だけは。
バスケを楽しんでやってほしい。
この辛い現実で、束の間の喜びを感じてほしい。
しかし、黒子はここでバスケを楽しむことが出来るのだろうか?
ただ純粋に、心の赴くままに。
糸は未だ、天を後ろから引っ張っている。
「心配しているんだろ?じゃあ行けよ、アイツのところへ」、と。
天は目を瞑り、鼻から息を吸い込んで深呼吸をした。
冷たい空気が身体に流れ込み、頭がスッキリとする。
そして鮮明に思い出す。
黒子と過ごした、束の間の愛しい時間を。
黒子は共に、散りかけの桜を見てくれた。
誰に見向きもされない、雨に濡れる花を。
雨音だけが広がる世界に、天に語りかける黒子の声が軽やかに響く。
「ボクのバスケを、見てもらえませんか?」
「一度だけでも。
ただの思い出としてでもいいです」
「藤堂さんに見てもらいたいんです」
「ボクは藤堂さんを待ってます」
黒子の声が聞こえなくなると、天はゆっくりと目を開けた。
その時にはもう、心は決まっていた。
見るだけ…見るだけだ。
黒子のことを少し見たら、すぐに帰ればいい。
天は鞄の中に手を突っ込むと、しばらくゴソゴソと探った後、ハイチュウを取り出した。
そして一粒口に放り込むと、踵を返して歩き始めた。
黒子が待つ、体育館へと。
桜はまだ、散っていない。