第11章 バスケットボールと花時雨
●天 side● 〜渡り廊下〜
「ボクのバスケを、見てもらえませんか?」
その言葉で、地面に落ちた天の視線が黒子へと向けられた。
空中で2つの視線がピタリと合う。
『黒子くんの…バスケ?』
「一度だけでも。
ただの思い出としてでもいいです」
そこまで言うと黒子は、一際真剣な眼差しで天を見つめて伝えた。
「藤堂さんに見てもらいたいんです」
と。
『えっと…その…』
天が答えに困っていることが分かると、「もちろん、無理にとは言いません」と付け加えた。
「でもボクは藤堂さんを待ってます」
『急に言われても…どうしたらいいか』
「ただ雨が止むのを待っているよりも
きっと楽しいはずです」
その言葉に、天はハッとした。
一方で黒子は、天の答えを待つこともなく、「それじゃあそろそろ時間なので。ボクは部活に行きます」と言って立ち上がった。
黒子はそれ以上何も言わずに、天に小さく会釈をすると、体育館の方に向かって歩き始めた。
天は何も出来ぬまま、ただその背中を見送った。
出来ることなら呼び止めたかった。
らしくもなく、まだ話していたかった。
しかし、徐々に離れていく黒子の後ろ姿を、止めようと声をかけることもできなかった。
そして、黒子の姿が完全に見えなくなった時…
天はある事実に気づいた。
それまで黒子と話していたため、すっかり忘れていた。
語りかける相手が去ったことで、周囲は静けさを取り戻し、再び雨の音に包まれる。
その場に一人、取り残された途端…
『寒ぃ…』
天は小さく独り言を呟き、身を震わせた。
外気に当てられた身体は、春とは言えど冷え切っていた。
隣に出来た空白が、寒さを天に思い出させた。
そして同時に、その箇所だけは、まだ黒子の熱を帯びているように思えた。