第11章 バスケットボールと花時雨
●天 side● 〜渡り廊下〜
一瞬にして、静寂が訪れる。
背後から銃を突きつけられたように、天は微動だに出来なくなった。
側から見れば、ごく普通の会話に見えただろう。
黒子が、立ち去ろうとした天の背中に声をかけた、と。
しかし天は感じていた。
空気のピリつきを、肌で。
その場がいかに異様な雰囲気に、瞬時に切り替わったのかを。
ただ事ではない黒子の言い様に、天の中に不安が生まれるのを。
「誤解の無いように言うと、
初めは何も知らなかったんです」
そんな天の不安をよそに、黒子は構わず語り続けた。
『何の話か分からないな』
天は背を向けたまま、そう答えた。
相変わらず、黒子の視線を鋭く背中に感じる。
真っ直ぐに自分のことを見ているということが、天に理解できた。
しかし、どうしても振り返ることが出来なかった。
黒子がいま、どんな面持ちで自分を見ているのかを知ってしまったら…
どんなに嘘を繕っても、口をつく前に頭から忽然と消えてしまう気がしたのだ。
「たまたま知ってしまったんです」
黒子が言葉を発する毎に心拍数が上がり、大量の血液が心臓から送り出される。
「やめろ、それ以上言わないでくれ」という言葉が、血管を通って天の身体中を血と共に駆け巡る。
静かで深い呼吸を繰り返す。
心臓を落ち着かせようと試みるが、急に酸素を多く取り込んだせいで、むしろ頭がクラクラする。
全力で否定しようとしたが、天は気づいてしまった。
黒子が真実を知っていることを。
もう逃れることは出来ないと悟った。
花時雨によって学校に足止めされていると思って疑わなかったが、天は知らぬ間に、黒子の作り上げた帳の内に囚われていたのだ。
それは恐らく、傘を差し出してくれたあの時から…
諦めと同時に覚悟を決めた天にトドメを刺すかのように、黒子が静かに口にした。
「藤堂さんもボクと同じ、
バスケ選手だったということを」
引き金は、確かに引かれた。