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宵闇の明けと想ふは君だけと〈I•H編〉

第10章 チャイムの鳴る前に


●火神 side● 〜1-B教室〜


「だからオレは知らねーっての…」


火神はそうとだけ口にして、逃げるように視線を窓の外へと向けた。


一方でそれを聞いた黒子は、「そうですか」とだけ言って火神の元を離れた。
その切り替えの早さは、意外にも火神を「思ったよりもあっさり諦めたな」と驚かせた。


黒子が遠ざかっていくことを感じながら、外に広がる春の風景を眺める火神。
ところが実際は、目に飛び込んでくる光景など全く見えておらず、頭は全く別のもので染め上げられていた。


素性も顔も分からない、身元不明の“藤堂 天”のことで。


正直、火神には自身がなぜそのように思ってしまうのかが分からなかった。


“藤堂 天”の存在自体、忘れられたと思っていた。
しかし、黒子に切り出されたことで再び火神の脳内に靄がかかり始める。


靄は大きさを変え、形を変え。
それでもその先から、“藤堂 天”が現れることは決してない。


どんな色を発しているのか、どんな音を放っているのか。
どんな匂いを纏っているのかも分からない…


だから理由があるとするならば、釈然としないその気持ち悪さから、火神は早々に解放されたかったのだろう。


火神は思い切って、長らく窓の外に向けていた視線を動かした。
そして、自身の元を離れた黒子の気配を追って、視線を教室内へと走らせた。


すぐに見つけ出すことは出来なかったが、黒子が向かった先を注意深く観察した結果、火神はその背中を捕らえることが出来た。
火神は少し離れた先にいる黒子に声が届くよう、呼吸に合わせて空気を多めに取り込んだ。


「なぁ」


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