第10章 チャイムの鳴る前に
●リコ/伊月 side● 〜教室〜
ー同時刻ー
「時間に追われる」という言葉がある。
時間に余裕が無いこと。
また、それが影響して自身を急かしたり、気持ちが焦ること。
それは言葉通り決まって後ろからやってきて、体を容赦なく真っ二つに切り裂くように走り去っていく。
痛みは伴わずとも、人は生の営みの中で、迫りくる時間に恐怖する機会があまりにも多い。
日の入りがせまる時の端っこを、夕暮れに追いつかれないように進む。
伸びきった自身の影が、夜の闇に完全に溶け込んでしまう前に、全てを終わらせなければ。
人はどんな時でも、時間制限のある時限爆弾を抱え、誰しもがそれを処理することに努める。
自分の人生を平穏に過ごすためには、爆発を阻止することに必死になる他ない。
「時間に追われる」という言葉がある。
「追いつかれまい」と逃げ惑う人々を、時間が容赦なく切り裂きにかかるような、そんな言葉が存在する世界で。
時の経過のあまりの遅さに、苦しんでいる人物がいた。
それが同時刻、2年校舎にいるリコと伊月だった。
リコと伊月は、各々2-Cと2-Aの教室で授業を受けている。
そこにあるのは、誰から見てもいつもと変わらぬ授業風景だった。
ところが実際は、封を閉じた極秘文書のように、外面だけでは他と区別できない感情が蔓延っていた。
秘密裏にやり取りされる物事は、決して表沙汰になってはならない。
2人は時折時計に視線を向け、針が授業終了のゴールテープを切る瞬間を待った。
リコと伊月に羨望の眼差しを向けられながらも、時計はあくまでも正しく進む。
2人はこの時無意識にも、“余裕がある”という状況は焦る気持ちを軽減するわけでも、消すわけでもないのだと知ることとなった。
分針がメモリを刻むごとに、“待ち遠しい”という感情が“焦り”を募らせ2人に牙を剥く。
「なぜこうも時間が経過しないのか」と、時間の背を押し、前へ前へと押しやる。
高まる好奇心が独り歩きを始め、ついには秒針が進むスピードを越えて「先へ進みたい!」と叫んでいるようだった。
どうしたって早まらない時間に悶えながらも、“数秒前”が“過去”となる時の端っこで、2人は「今」を嚥下する。
出来るだけ身を乗り出した。手を伸ばした。
“藤堂 天”に、早く会いたかった。