第9章 restart and redo.
●天 side● 〜自宅〜
天の目の前には、空になった食器。
ところが、それを見つめる瞳には生気が宿っていない。
『さすがに全部いったのは馬鹿だった…』
そう口にした天は、今にも嗚咽が始まりそうな表情をしている。
それでも、口に手を当ててグッと堪えているのは、「せっかく腹に収めたのに咽吐くまい」としているためだ。
心なしか汗までかいて、それが更に気持ち悪い。
かつての友人に味覚音痴がいたことを思い出し、今の一瞬だけはそいつのことを羨ましく思った。
料理本の見間違いとはいえ、今回は途中で「何かがおかしい」と勘づいていた。
その頭があったのに、自分が察知した危機を無視し、疑うこともしなかった。
天に少しばかり経験値があれば、ページがすり替わっていたことに簡単に気付けたはずだ。
「運が悪かった」と片付けるには、ミスがあまりにも初歩的すぎる。
新生活早々に、失敗をしてしまった。
よりによって、生活を営む基礎である“衣食住”に関することでだ。
口の中に残った苦味を少しでも消し去るために、天はシンクへと向かった。
そして水道の蛇口を捻り、手にした透明なコップを水で満たした。