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宵闇の明けと想ふは君だけと〈I•H編〉

第9章 restart and redo.


●天 side● 〜自宅〜


変わることも、戻ることすら許されないのであれば。
せめて自分が、「それでも大丈夫」と肯定してあげるべきだ、と。


噛んで、飲み込んで、消化して…


今はそれだけで、この場は丸く収まるに違いなかった。
誰に迷惑が掛かるわけでもなく、全て自分の中で解消できることだ。


ケチャップとソースで味を…
というより、舌を全力で誤魔化せば、なんてことはない。


そう思いながら天は手にしたフォークを、ケチャップとソースでよく見えなくなった黒い物体に突き刺した。
ところが、ハンバーグの形状を忘れ、ほぼ炭と化したそれはポロポロと崩れ落ちる。


天は仕方なく、手にしたフォークをスプーンに持ち替え、今度は掬うように差し込んだ。
それはもう、天の手から逃げようとはしなかった。


「心変わりする前に早く終わらせよう」と、名前の付いた料理にはなれなかったそれを、今晩の夕食として口に含んだ。


咀嚼音が、ガリガリッ…!!と天の顎から部屋中に響く。
苦虫を嚙み潰したよう、という表現は、その時の天の表情を的確過ぎる程に表していた。


吟味も咀嚼もほどほどに、天は早急に飲み下した。


『食えな…くはない』


それ以下に、最悪の評価を下す言葉はいくらでもあった。
しかし、それ以上に肯定する言葉が、他には見つからなかった。


舌で感じる食材の焦げた苦味の奥の方に、若干、肉の存在が残っていた。


それでもやはり不味いが、「不味い」と口にするよりも、幾分自分の心が楽だった。


どうしたって進まなければならないのならば、苦痛は短い方がいい。
そう思いながら、天は再びスプーンで掬い上げた。


美味くもない料理を、作業的にただ黙々と口に運びながら「料理…マジで何とかしねぇーと」とぼやく。


それが、天が上京して初めて自炊に励んだ結果だった。
「自分にも出来るはず」と疑わずにいたが、“百聞は一見に如かず”とはよく言ったもので、一度の失敗で天は痛いほど思い知ることとなったのだ。


新品同様だったエプロンは、既に劣化への道を歩み始めていた。


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