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宵闇の明けと想ふは君だけと〈I•H編〉

第8章 すれ違いと疑念


●天 side● 〜帰路〜


「料理の経験が一度もない」と言ったら極端だろう。
しかし、過去に一度作ったことのある料理だとしても、レシピを再度確認しなければ手を付けられない程に実力不足なのは確かだ。


その証拠が、天が今まさにその両手に抱えている買い物袋だ。


何が必要で、何が不要なのかも分からぬまま。
思い当たるものを手当たり次第に搔き集めた結果…


当の本人も、買い過ぎを懸念してしまう程になってしまったのだ。


少なくとも“バルサミコ酢”なんて使う機会、到底やってこないはずだ。
「調味料にも消費期限がある」ということを天が知るのが、期限切れ後ではないことを祈るしかない。


本日の買い物における天の決断や判断を、どうしても正当化するとしたら…


「自宅まで持ち帰る際、片手に大荷物を持つくらいなら両手で持った方がバランスは取りやすい」という虚構を作り出すしかない。


両手が埋まる程に大量購入したことを、無理やり加点対象とすることで正当化するのだ。
むしろ、それ程突拍子もないことでもないと、天の行動に正当性を持たせることは現段階では不可能だ。


近い将来までに。
本日購入した食材全てを、使いきりでもしない限りは…


だからこそ天はこの一人暮らしにおいて、料理の腕を磨くことを決意していた。


購入したものを無駄にしないため、と言うことももちろんあるのだが。
それ以上に天は、もっと大切なものを抱えていた。


天は“とある人物”の顔を思い浮かべ、その人物が口にしていたことを思い出す。


  「ちゃんと自炊しないとダメだからね?」


それが、天が地元から離れ、一人暮らしをする際…

・・
母親と交わした約束であり、また条件でもあったのだ。


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