第69章 彼女の推し / 🌫️
兄さんに呼ばれた彼女はひょっとこの面の位置を微調整した後、他の客の下へ向かって行った。
グラスに入った麦茶を何口か飲んで、僕はその後もひょっとこ焼きを食べる。
熱を持った鉄板のおかげで、カリカリとした食感が十分に味わえるこの一品は兄さんが気に入ってしまうのも何となく理解出来たんだよね。
★
思ったより話が長くなったけど、七瀬とのなれそめはこんな感じ。
彼女の推しグルメだと言うひょっとこ焼きに僕もまんまとハマって、七瀬のシフトが入ってない日に二人で食べに行く事も増えた。
今夜の夕食のようにね。
冒頭で彼女がかっこいいって評したのは、七瀬がひょっとこ焼きと同じくらい推している俳優なんだけど…。
「君はよく彼と僕が似てるって言うけど、あんなに辛辣じゃないし、愛想も悪くないと思うよ」
「ふふ、今は確かにそうじゃないかもだけど、初対面の時はなかなか無愛想だったよ〜?」
「だってあの時は君がどんな人か全然わからなかったしさ。距離感ゼロでいきなり詰めて来るし」
「あ〜それは無一郎くんが推しの彼にそっくりでね。凄く舞いあがっちゃったの」
「僕に似てるって事は兄さんにも似てるって事じゃないの?」
少しだけ意地悪な事を言ってみると、彼女は「中身は全然違うよ」ときっぱりと否定した。
「そう言えば七月公開だっけ、去年君と観た映画の続編」
「私ムビチケ二枚買ったよー!みんなが集合しているカードと、推しの彼のカード」
凄く楽しみなんだけど、ここから展開が一気に辛くなるから複雑なんだって。
僕は元の原作を全く読んだ事がないから、そう言われてもふうんって感じなんだけどね。
ブーブーブー。
その時—— テーブルの側に置いていたスマホが震えた。通知画面には【母さん】の表示。
鉄板から跳ねた油を掌で軽く拭い、ホーム画面を開く。
「あの映画のムビチケの八枚セット買ったわよー!! 私とお父さんで最後だったみたい。後少し行くのが遅かったら買えなかったの!!」
母さん…タイミング良すぎ。