恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第56章 明けない太陽の世界へ〜彼目線〜 / 🔥✳︎✳︎
「ん……」
自分の横に寝ている彼女がゆっくりと目を開ける。焦茶色の双眸は縦に瞳孔が割れた桃色へと変化しており、ちらりと覗く口元には小さいが牙が生えているのが確認出来た。
「起きたか?」
「うん……」
「体は……大丈夫そうだな」
「うん……」
彼女がそうっと口の中に人差し指を入れる。牙を探し当てたようだ。グッと指で押すと口から取り出したそこには針で刺したような大きさの血が滲んでいたが、あっと言う間にそれは塞がってしまう。
—— 鬼になった証拠だ。
次に彼女は手に視線を向ける。自分と同じ橙色の爪だ。そこは丸みをおびていた人間の指先ではない。先端が長く、鋭く尖っている。そして触れて硬さを確かめていた。
「…………」
覚悟していたとは言え、受け入れづらい事実かもしれない。俺はそんな彼女に声をかける。
「どうした?」
恋人の左頬をそっと包む。鬼になっても変わらない、触り心地の良い肌だ。
「うん……鬼になったんだなあって実感してた」
「後悔しているのか?」
「まさか。これであなたとずっと一緒にいれるようになったんだよ」
彼女の小さな手が俺の左頬をそうっと撫でながら、こう言ってくれる。
「杏寿郎。私、すごく幸せだよ」
「七瀬……」
鬼にして本当に良かったのだろうか。
恋人が意識を失っている間、その思いばかりが心に充満していた。しかし、それは彼女の”幸せだ”と言う言葉が自分の葛藤を洗い流していく。
迷いの代わりに愛おしさで胸がいっぱいになった俺は七瀬に口付けをした。少し啄むと、舌を絡ませていく。
時々彼女の牙と自分の牙が当たると、更に満たされた気分になり、口付けを深い物に変えていった矢先の事だ。
突然、鉄の味を感じた。七瀬が自分の牙を使い、俺の唇を刺していた。
「ん、どうした」
とは言うものの、その行動には覚えがある。恋人の体に触れると度々訪れるあの感覚 —— 好いた異性の血を求める行為だ。