恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第54章 八重に咲く恋、霞は明ける / 🌫
今、一人の少女が自室にてある書物を読んでいる。和綴じの本の表紙には「百人一首」と書かれていた。
『先輩から炎柱には剣だけじゃなくて、百人一首でも勝てないって聞いてどんな物かと思ったけど……こんなに面白いなんて!』
少女は名を沢渡七瀬と言う。
百人の歌人が放つ言葉の力に魅せられている所だ。
「やっぱり八十八番が好きだなあ」
パラパラとめくった手が止まった先は、皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)作の和歌である。
「難波江(なにわえ)の蘆(あし)のかりねのひとよゑ(え)みをつくしてや恋ひ(い)わたるべき」
音読をしていた矢先に声がかかった。
「七瀬?何それ」
「え、無一郎くん!どうしたの?」
七瀬の右横には一人の少年が座っていた。
腰まであるサラサラした黒髪の毛先は白群色(びゃくぐんいろ)で、まだ幼いながらも目鼻立ちは充分に整っている。
無一郎、と呼ばれた彼は十四歳。七瀬より二つ年下だが、彼女の師範だ。
「どうしたって……稽古の時間になっても継子が珍しく庭に出て来ないから、呼びに来たんだよ。部屋の外から声かけても全然反応しないし…」
無表情だが、声色にやや険がある。
それを察知した七瀬は謝罪の言葉を無一郎に告げ、持っていた冊子を閉じると慌てて立ち上がった。
そして逃げるように部屋を出ていき、無一郎は一人ぽつんと残されてしまう。
『……あーあ、先に行っちゃった。僕が呼びに来た意味ないじゃん』
ふうと少年はため息を一つ。立ち上がりかけた所で、今の今まで継子が目を通していた冊子に視線をやった。
『百人一首?何でこんな物読んでるんだろう』
無一郎の脳内には疑問符が浮かんでは消え…と言った状態が繰り返されている。そういえばと思い出し、霞みそうになっていた記憶を彼は脳内の奥底から引っ張り出す。
『煉獄さんが言ってたっけ。かるたでも勝負は勝負。師範が継子に簡単に負けるわけにはいかないって……』