恋はどこからやって来る?/ 鬼滅の刃(短編・中編)
第44章 口は難し、筆は饒舌 / 🌊
「この小説が凄い!」
七瀬は行きつけの本屋でこんなPOPを見かけた。
とある単行本がコーナーの真ん中に10冊程山積みになっている。
歩いて来た女性達が1人また1人と単行本を手に取る様子を後方5メートルの場所から、彼女はいたく感心した様子で見ていた。
女性達が手に持っている著書のタイトルは「満ち潮合間に凪」
作者は冨岡義勇。 七瀬が明日から担当する事になった小説家である。
『私に務まるのかなあ』
彼女の心は憂鬱な気分でいっぱいになっていた。
—— 2日前の金曜日。
七瀬は呼び出された。
『編集長が私に用事って何だろう……』
脳内を端から端まで埋め尽くす程の疑問符がそこに浮かんだ。
まだ入社2年目の七瀬には検討もつかないからだ。
『今の担当作家さんとも仲良くやっているし…彼女はまだ大きな評価はないけど、締め切りはきちんと守ってる。書く話だって悪くない』
順風満帆だった七瀬の元に舞い込んで来た事とは。
「えっ?担当替えですか?編集長、それってどう言う……」
彼女は1人の男のデスク前に立っていた。彼の名前は宇髄天元。日本有数の出版社、轟出版小説部の若き編集長である。
紺地でストライプのスーツをパリッと着こなす彼は、この界隈で有名なのだ。
「そ、お前は来週から冨岡義勇についてもらう」
国宝級と言って良い程の美形な顔立ち。
更に美人の妻が何と3人もいる。ここ日本は”一夫多妻”ではなく、紛れもない”一夫一妻”なのだが、彼に至ってのみその常識はあてはまらない。
そして………正確な采配。
「ちょっと待って下さい!冨岡先生ってあの冨岡先生ですか?凄く女性ウケする小説を書く……あの先生??」
「何だよ、沢渡、お前もあの辛気くせぇヤツのファンか??」
『そうです!先生がデビューした頃からのファンです!』
言葉に出す代わりに右手をグーの形にし、彼女はズズイっと天元に身を乗り出す。
「って、編集長!辛気臭いはひどくないですか?」