• テキストサイズ

恋はどこからやって来る?(短編・中編)

第72章 お題夢「冬」+ α / コミュニティ内で募集



──“香り”が残る毒は、裏がある。

遅効性は、巻き返しの余地を残す型。

解毒はできる。

その機会を、あなたに託すわ。




猫猫の手が震える。

「死ぬつもりですか!!」

月娘は静かに首を振る。

「いいえ。私を散らせるほど、世界は強くないわ。」




次の瞬間──扇が手から滑り落ちた。

白い指が、空を掴むようにゆるむ。

裾が雪花の布のように広がり、月娘の身体が静かに傾ぐ。




猫猫が駆け寄るが、月娘の微笑は消えぬまま。

ただ、夜の庭に咲く白椿が風もなく、静かに落ちるように。




ひとひら、凛として散り伏して、闇が呼吸を止めた。

香が薄く揺らぎ、雪の音が、泣くように沈んだ。




猫猫の手が月娘の頬へ伸びる。温い。まだ、冬に負けていない。




「……逃げない人ですね。」

その言葉は呟きか、誓いか。雪が音もなく降り続く。




勝つために、倒れた。

だから、この花は散っていない。




月宮に灯る火は消えず、ただ静かに、冬の戦が始まった。




冬の朝の光が薄く差す頃、猫猫はすでに動いていた。

月宮の廊下を忍ぶように歩き、雪の音よりも小さな息で調べものを始める。

猫猫の調べは検屍でも調合でもなく、匂いと所作の積み重ねだ。




月娘が倒れた夜、残されたものは幾つか──。

茶器の縁についた薄い膜、香炉の灰の乱れ、菓子の溶け方の不自然さ、庭の蕾に付いた季節外れの虫。

猫猫はそれらを指先で確かめ、目で記録し、鼻で紐解いていく。




「まずは器だ」と猫猫は言った。

茶碗の縁に残る“膜”は、単なる油脂ではない。薬草由来の粘性があった。

猫猫は小さな布でそっとそれを拭い取り、蒸した湯で薄め、香りを確かめる。


──甘く、だが奥に苦味。

嫌な余韻の後に、わずかな花の香り。 

薬師であれば、すぐに違和を察するはずの組成だ。


次に香炉の灰を検分する。

沈香の灰は本来、清く崩れる。だがそこに混じる黒い粒子。

猫猫はそれを箸で分け、掌に載せる。指先が微かに反応する。

「これは……樹脂だ。市中には出回らぬ、紫檀(してん)樹脂の燃えかすだ。」

紫檀を扱う匠は限られている。匂いは、ある女官の私香を連想させる。

猫猫は薄く笑い、廊の端に置かれた小さな杯にその灰を落とすと、香りが撥ね返るように膨らんだ。
/ 1070ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp