第1章 序章 女が剣を握る理由
女は家の仕事と家の駒という扱いの侍の世。
そんな世に産声をあげた女がいた。
名は、有栖川美玲。
藩の剣術指南役の重鎮で道場主ある有栖川 景勝の第二子として生を受けた。
幼い頃から人形のように美しく、いつも笑顔で心優しい。
彼女にはいつも沢山の人が集まり皆が幸せだった。
「父上!剣術を教えてくださいませ!」
普段わがままを言わぬ娘が父に頑なに頼んだことは剣術を習うことだった。
最初は子ども言うことだと軽くあしらってはいたが、あまりにもせがむ娘に本気を見た父は問う。
「美玲は何故剣術を習いたいと思うのだ。」
そして、美玲はこう答えた。
「父上が人を守るために振るう刀が美しゅうございますゆえ、私もそうなりたいのでございます。
一人でも沢山の方をお助けしたいのです!!」
父は目も見開き歓喜した。
当時、幼女はまだ5つの年の頃。
娘ではあるが、己の姿が我が子にそう映って見えていたということが何より嬉しかった。
そして、人のためにという美しい理由と、彼女の目があまりにも嬉々としたもので、父は己の剣技を余すことなく教えた。
"良家に嫁がせるには教養を"と習った舞や三味線なども要領よく覚えが早かったが
特に剣術は沢山の時間を割いてどんなに過酷な鍛練でもその苦さえ楽しそうに稽古に打ち込んだ。
その結果父に一本勝ちしたのは13歳の頃。
剣の腕で彼女の右にでるものはおらず、
合わせて男女合わせても平均より上回る背で
19の歳を迎えても嫁ぎ先はなく、父親は腕を見込んで道場跡取りとして考えていた。
兄 幸伸(ユキノブ)23歳は妻を娶り3人の男の子どもがいた。
この男は文才に秀でており、父の豊富な人脈のつてと口利きでそれが生かされる藩の役職についた。
妹 桜(サクラ)は16で良家へ嫁ぎ、17で子をなしていた。
それでも両親は美玲を厄介払いすることなく『時が来れば兄の子を養子にとればよい』と道場継ぎとして大事に接していた。
彼女は己の剣技と生き方に誇りを持ち、家族と自分の人生を愛していたが、俗に言う"女の幸せ"は縁の無いものと考えていた。