第1章 夏油傑は偶像崇拝の夢を見るか?
はくはくと口を動かす度に「へっ?」「えっ?」だの、間抜けな声が夏油の口から漏れていく。対する叶夏は、それを尻目に膝を抱えてクルクルと後方に飛び、ストンと音1つさせずに夏油の前の席に座る。
しなやかな曲線を持つ鶴が、羽ばたきながら降り立ったかのような現実味の無いその光景に、夏油は思わず見惚れてしまった。夢見心地の感覚に陥ったままの彼はその光景を目で追い続けていたが、叶夏と視線が合うとハッと我に帰る。
「夏油先輩 ドキドキしました?」
「ドキドキしてない」
「本当に ドキドキしてないです?」
「…してない」
夏油は彼女の見透かす様な笑みに、思わず目を逸らすが、素っ気無くそう答えると、叶夏は「ふーん…」と呟く。
「先輩は嘘吐きですね」
そう言いながら叶夏は微笑む。細まった目と、弧を描いた唇に、夏油は目を瞬かせる。夕暮れの陽射しに照らされているせいか、頬が赤く染まっているようにすら映った。
呆気に取られている夏油を尻目に、叶夏はカタンと席から立ち上がる。後ろで手を組み、スキップでもしそうな軽い足取りで教室の中央へと歩いていく。
「先輩、どうして私がこの2年の教室に居たか分かります?」
「え、いや、さぁ…知らないよ。けど、用事とかか…?」
夏油の返答を聞いた叶夏は、そのままくるっと振り返る。瞬間 揺れるパニエのスカートに、夏油はくらくらと酩酊した様な心地になった。
「夏油先輩に、この格好を見せたかったんです」
“ドキドキ”してくれたようで、何よりです。後ろ手に少し前屈みになった彼女は、そんな事を言う。
上機嫌そうな彼女は口元を手で覆ってクスクスと笑う。夏油は彼女の言葉を咀嚼するのに時間を要した。それはそれは噛み砕いて、理解した。
だが、夏油の顔が耳火事まで起こすほど熱くなるのには時間は掛からなかった。
熱さでどうにかなりそうな、否、もうどうにかなっているのかもしれない。もはや夏油は冷静さを完全に失っている。
─────私は夢でも見てるのか!?
心の中で馬鹿でかく叫んでも答えは返ってこない。夏油はぐるぐると回る思考で、何とか言葉を紡ごうとする。
「き、叶夏…あの…」
「はい?何でしょう」
「いや、あの、今のそれって、一体どういう、」