第1章 夏油傑は偶像崇拝の夢を見るか?
「そういうものかい…。一体何がきっかけでご執心になるのか分からないな」
「私もよくは知らないですけど、握手会とか一緒に写真を撮るとか、ファンサとか…色々とアイドルと関わる機会があるみたいですよ」
「へえ〜。でもお高いんでしょう?」
「いえいえ、愛は本来プライレスですから。金で買えるなら安いもんですよ」
「わー身も蓋もない〜」
テンポ良く深夜の通販番組的茶番を繰り広げるわりに、2人の表情には感情が乗っかっていない。三文芝居も良いところである。
「あ、でもファンサは別にお金掛からないですかね。確かファンが『バーンして』、とか『ハートして』とかアイドルに希望してやってもらうヤツですよ」
「ふーん。よく分からないけど、可愛い子にやられたら嬉しいんだろうねぇ」
夏油は椅子に大きくもたれ掛かる。その言葉の裏側には『自分は一生することもされる事も望む事も有り得ない』という考えがあった。
歌と踊りで人々を楽しませ、平等に愛と笑顔を振り撒く存在。キラキラと輝き、放たれるオーラ。それを拝む為に、金を費やし、時間を費やす。全てを捧げたとて苦にならない。まさに崇拝というに相応しい。
夏油からすれば、同じ人間に傾倒する心理など理屈は分かれど、やはり理解は出来ない。毒にも薬にもならない行為をされて嬉しいなんて、それは何ておめでたい事だろうか。そんな事を思いながら、夏油は大きく伸びをして反り返る。
すると反射的に目を瞑った瞼を、サラリと何かが触れる。驚くが早いか、夏油はバッと目を開く。
後に夏油は、その時の事を『一瞬心臓が止まっていたと言われても驚かないくらい驚いた』と語る。
「夏油先輩」
そこには───今まさに天から降りて来たかの様に浮遊する叶夏がいた。
闇夜に溶け込む程の艶やかな黒髪が帳の様に垂れて、夏油の瞼を一撫。黒髪の間からは、鷹の様に気高き冷艶清美な微笑が覗く。天使のように愛らしいショートドレスを纏っていても、彼女の持つ不可思議さから死神に微笑まれた気分になる。
目も口も開いて呆気に取られる夏油の額に、手袋をした白くて か細い人差し指がトンと当てられる。
「────バン」
そう言って叶夏は銃を撃つ真似をした。