第1章 夏油傑は偶像崇拝の夢を見るか?
よっこいせと再度窓から入り込む叶夏に、夏油は手を差し伸べて身体を支える。窓の縁から勢いをつけて着地する彼女の足元には、よく見ると影が無かった。彼女が本体ではないことは確かだ。しかしそれでも本物の叶夏と何も変わらない。夏油は振り回されっぱなしだった。
「びっくりさせちゃいましたか?」
「びっくりどころじゃないよ。私は君の術式をあまり見たことがないからね。本当、肝が冷えたよ…」
夏油は椅子に腰を降ろしてやれやれと息をつく。叶夏はというと、朴念仁の表情のまま何かを考える様にジッと夏油を見詰めた。
───閑話休題───
話は戻り、夏油は何故アイドルの格好をしていたのかを再度叶夏に尋ねたが、先程と全く同じ答えをあっけらかんとした表情で言う。夏油は頬杖から顔が滑り落ち、机に思い切り顎を打つ羽目になった。夏油は顎を擦りながら、叶夏に説明を求める。
「待て待て叶夏。頼む。何から何まで1から説明してくれないか」
「え?何でですか?何か先輩に関係あります?」
「関係無い。が、知ったからには関係ある」
「なんて暴論…」
「君にだけは言われたくないな」
説明を聞くとこうだった。夢を操ることが出来る叶夏は、夢を通して人間の負の感情の抑制・治療を行おうとしていたのだ。要は“原因療法”。
現在は、まだ可能なのか未知数の研究段階で、夜蛾先生を通して実験対象を秘密裏に斡旋してもらって検証しているのだという。
今回もその一環で、臨床試験を終えて先程戻ってきたところらしい。
「ふーん…つまりその抑制と治療が可能なら、呪霊の数が減るかもしれない…ってことかい?」
「その通りです。呪術師の存在は希少。故に万年人手不足な業界ですから。呪術師をじゃんじゃん増やすなんていうのは難しいですが、そもそもの呪霊の数が抑えられれば、私達の負担も減るんじゃないかと思って」
夏油は「へぇ…」と、思わず感心の声を漏らす。いつも何を考えているか分からない彼女が、そんな高尚な目標を持っているとは予想外だった。
「何て偉そうな事言ってますけど、硝子先輩に話したら『それ途方も無くない??』って言われましたし、それ聞いてた五条先輩には『まぁ雑魚なりに頑張れよ(笑)』って見た事無いくらい腹立つ笑顔で言われました」
「悟はもう少し人との接し方を学ぶべきだね」