第1章 夏油傑は偶像崇拝の夢を見るか?
叶夏は机からピョンと降り、衣装を見ろと言わんばかりに両手を広げる。何故か誇らしげな彼女はジッと夏油を見詰める。対する夏油は期待の眼差しを向けられ困惑するが、改めて叶夏の衣装を見直す。
ショートドレス、頭にはカチューシャ、白く長い手袋、白いニーハイソックス、赤いパンプス…。
「まぁ……良いんじゃないかな」
「…そうですか」
叶夏はそう言うと真顔のまま、また机に座り直す。夏油は『え、それだけ?』と拍子抜けし、頬杖から顎が滑り落ちる。
叶夏の普段の様子から大喜びする姿を想像は出来なかったが、こんなに反応が薄いとは思わなかったのだ。ただ逆に考えると、叶夏も自分の反応が喜ばしくなかったのだろうと彼は思った。夏油の感想を正しく言うと『“衣装”は良いんじゃないか』なのである。
衣装はよく出来ていた。それは間違いない。しかし、着ている彼女との相性が悪い。
叶夏の顔立ちは整っているものだが、万人受けするものではない。可愛い、というよりクセのある美人顔をしている。そんな彼女と可愛らしいアイドル衣装はミスマッチだったのだ。
そして実を言うと、夏油は夢久叶夏が苦手だ。
夢久叶夏は年中無休で何を考えているか分からない。基本的に表情は無く、ボーッとしているといった印象だ。
彼女と初めて会った時に自己紹介で名前を言えば、
『すぐる…お笑い芸人みたいな名前ですね』
『それ しずるのこと???』
と、何とも言えないことを言われた。
とにかく関わり方に困る叶夏を、夏油は少し敬遠していたのだ。それが今現在、自ら関わりに行くような事をしているのだから笑ってしまう。
「で、本題に戻るんだが…何でアイドルの格好をしてるんだ?呪術師がアイドルの真似事でも?」
「いえ。これは先程まで少し治験をしてまして」
「治験…?」
「あ、いやこの場合は臨床試験、かな?うーん、まぁとにかくそんな事をしてました」
何とも適当な説明をされる。夏油はこういう所が苦手だった。真面目そうな見た目をして、その実 空気が読めない彼女に調子が狂う。
「もうちょっと詳しくお願い出来るかな」
「あ、はい。えっと、アイドルのストーカーをしていた男性への治療に行ってました」
「は、はぁ?」
「その男性への夢を介して、精神治療を施しに行ったんですよ」