第1章 夏油傑は偶像崇拝の夢を見るか?
夏油傑は忘れ物を取りに教室へと向かっていた。任務明けの疲れた身体を引き摺りながら廊下を進む。1級である夏油がそうそう手こずる事は無いが、身体的な疲労はどうしたって募る。
階段を登り廊下を進み、2年生の教室の前を通る。ガランとした教室の中、彼の視界の端に人影が映り込む。
「………ん?」
違和感。間接視界に映った人影に抱いたそれに、夏油は1度通り過ぎかけた教室へと戻り、開け放たれている教室の扉からその人影をもう一度見返す。
「………え」
教室の中には─────アイドルが居た。
“アイドル”と断言したが、そこに居た少女はマイクを持って歌っても踊ってもいなかった。ただ窓際の机に腰を掛けてボーッと外を眺めているだけだった。完全に夏油の独断と偏見である。
白地のショートドレスに、ピンクのフリルが所々にあしらわれている。パニエが使われているのかスカートの部分は美しい形に広がっていた。風に揺れる綺麗に切り揃えられた長い黒髪も手伝って、いかにも昔流行った清純派アイドル然とした姿だった。
夏油はあまりの衝撃に、目の前の情報がいつまでも完結しない。『何故アイドルがここに?ここは呪術高専だぞ?そもそも誰だコイツ』など考えが溢れ返り、遂には脳裏に宇宙猫が現れ始めた。
目眩がした夏油は思わずふらつき、慌てて扉に手を付く。すると、その音に気付いた少女が彼の方へと顔を向けた。
しまった、と反射的に顔を上げた夏油と少女の視線が絡まる。
「夏油先輩。お疲れ様です」
「きょ、きょうか……?」
振り返ったその顔には、よく見慣れた容貌があった。そこに居た謎のアイドルの正体は、夏油の後輩にあたる少女──────夢久叶夏であったのだ。
叶夏は顔色一つ変えず、「大丈夫ですか?随分とお疲れみたいですけど」など、場違いな発言をしている。夏油は益々混乱し、頭痛すらしてきた。しかし話を聞かないことには始まらないと、フラフラとした足取りで叶夏の元へと向かう。
後、もうとにかく座りたかった。夏油は彼女の近くの席に腰を降ろす。
「叶夏…一体何なんだ、その格好は」
「これはアイドルの衣装です。ちょっと昔ですけど、キャンディーズとか中森明菜とか参考にしたんですよ」
「いや、そこは別に聞いてないんだが…」