第19章 休息【第三部】
恐らく九条さんはさんと一番時間を共にしているんだろう。
俺の知らないところで、どれだけ気持ちを育んできたのだろう。
夜家に招いて、キスする仲だと知り、あの人を自分のものにできる自信が少しづつなくなっていくのを感じた。
背後で扉が開く音がした。
「ごめん!千冬」
「あ、お、おかえりなさい…」
「ごめんね急に。
凛はさ、色々育ちが複雑で…
親の愛とか知らないで育ったから、たまにああして子供みたいになるんだ」
「子供…」
確かに、先程の九条さんは愛に飢えて、飢え疲れた顔をしていた。
「千冬」
気づかないうちに、膝の上で握りしめていた拳にそっと手を置かれる。
「千冬が俺の事好きなの知ってるのに、目の前であんなの見て嫌だったよね。ごめん」
「あ…いえ」
心を見透かされているみたいで、内心でドキッとする。
「凛は多分、俺の事お母さんみたいに思ってるんじゃないかな?勝手な推測だけど。だから、気にしないでいいよ」
「お母さん、すか…」
はぐらかす為ではなく、どうやら本気でそう思ってるようだ。
案外鈍感らしい。
傍から見ていればわかる、そんなわけが無い。
凛さんがさんを思う気持ちは、俺と同じだ。同じだから、わかる。
「…だから、恋人とか作らないんすか?」
「ん、鋭いね、千冬」
「…九条さんとは、付き合わないんすか」
何聞いてんだオレ。自滅しに行くようなことを聞いてしまって、直ぐに後悔した。
「ええ、付き合えないよ!俺っていうか、凛にその気がないでしょ!」
その言葉に、顔を赤くして慌てて否定するその姿に、酷く傷ついた。
「……千冬?」
「…なんですか?」
「どう、したの?なんか機嫌悪い?」
「いえ、今日はもう帰ります」
「え!?なんでよ、ご飯いこうって…」
「すみません、用事あったの忘れてました」
「千冬!」
そう言って俺の腕を掴んできた手を、思わず振り切って拒んでしまった。
やばいと思って振り返ると、さんが泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。
「千冬……………」
申し訳なさと同時に、やり場のない怒りが湧いてくる。
なに自分ばかり傷ついたみたいな顔をしているんだ。
オレが好きなのをわかっていて、この人は簡単に人の心を振り回して、鈍感なまま人を傷つける。