第32章 桃源郷
「場地、俺、わからない。、どんどん悪い方に行ってる。一人で突っ走るんだ。守りたいのに、守らせてくれない。俺はどうしたらいい?」
無口な九条さんが、さん以外の相手にこんなに喋るのは初めて見たかもしれない。
場地さんは兄貴肌故、こうして色んな人に頼られていたが、まさかその中に九条さんが含まれているとは思わなかった。
「俺は、あいつがそのうち死んでお前と同じ場所に逝くんじゃないかって思うんだ。最近、自分の命すらかなぐり捨てるような戦い方をする」
「九条さん、それ…」
「……松野。オレは物心つく前には親に捨てられて、保護された施設でも酷い目にあってた。
気持ち悪いって殴られて、蹴られて、水をかけられて。食事もろくに貰えなかった。
この世の全部が敵だと思ってたよ。
耐えきれなくてある日施設から脱走して、街でぶっ倒れてた俺を拾ってくれたのがだったんだ。
天使が現れたと思った」
「九条、さん…」
「もしと出会ってなかったら、俺は死んでた。俺の命も、体も、心も、全てアイツのものだ、アイツより大切なものなんかこの世にない。は俺の信仰する神であり、全てなんだ」
墓石を真っ直ぐみていた九条さんが、オレの方へと視線を向ける。
その瞳には、静かな彼とは相反した、燃え上がる炎のような激しさを宿していた。
「俺はいつか、を自分だけのものにする。その為なら、灰になったっていい」
昼下がりの墓地に、冷たい風が吹き抜ける。
瞬きをすれば、再び墓石を眺める九条さんがいた。
艶のある黒髪、すっと通った高い鼻、切れ長で美しいグリーンの瞳。
この人もまた人間離れした容姿を持っている。
さんと二人並べば、直視出来ないほどに輝かしく、それでいて二人だけの独特な世界には近寄ることすらできない。
「地獄の果てで、やっとと二人きりになれるんだ」
頭の中で、警告音が鳴り響いた。