第22章 落花流水 前
驚いた様子で顔を上げた凪は、隣を歩く光秀の表情が些か翳りを帯びた事に気付き、慌てて首を振った。
「何言ってるんですか!私今日一日、十分楽しめましたよ。薬草も見れたし、お団子も凄く美味しかったですし…それに簪まで買って貰っちゃって。あと、何より…」
今日一日で確かに色んな事が起こったが、それ等はいずれも現代のデートではなかなか体験出来ない出来事ばかりであり、ある意味刺激的な一日でもあった。指折り数えて告げる凪は最初こそ慌てた素振りを見せていたが、一日を振り返る度に笑顔になる。そうして言葉を切った凪が指を折っていた腕を下ろし、光秀へはにかんだように笑いかけた。
「光秀さんと一緒にお出掛け出来ました。前に山城国の町で、城下を案内してくれるって言ってた事も、叶いましたし」
(……あの時の他愛ない会話を、覚えていたのか)
告げられた言葉に、光秀はそっと金色の眼を見開いた。自分と共にこうして出掛けられた事が嬉しいと暗に告げる凪の、次いだそれは男の心を柔らかく暖める。そんな事など、すっかり忘れていると思っていただけに、こうして記憶に残してくれていた事実が素直に嬉しかった。
熱を抱いた胸の内が嬉しさに焦がれるなど、自分がそんな感情を抱くとは到底予想もつかなかった事だが、一度それを覚えてしまえば、甘い欲望は深く深く溺れるように広がって行く。受け入れたくない訳ではないものの、何処か慣れない感情に内心で苦く笑った光秀は、心の内を誤魔化すかの如く笑みを浮かべて凪へ流し目を送った。
「…そういえば、あの時お前は確か三成に城下を案内して貰う、と言っていたな」
「あ、あの時は一番三成くんが接しやすい感じがしたんですよ…!」
「俺の誘いを袖にした時は、何ともつれない娘だと思ったものだ」
「だって光秀さん、まだあの山城国の時は明らかにからかったり疑ったりしてましたし」
「そうだったな」
二人の関係は、少しずつ時を重ねて変化して行った。まだひと月、されどひと月。一部の例外を除いて、そのほとんどを二人で過ごした時間は思い返せばいずれも尊いもののように思える。