第22章 落花流水 前
「光秀さんもどうぞ」
「片手を封じるというのは、なかなかの良策だが生憎と手は二本ある」
「は、早く食べないとたれが落ちちゃいます…!」
艷やかな琥珀色のたれがゆっくりと団子の表面を滑り、重力に従って雫の形を成して行く。ちょうど差し出した団子の下辺りには置いといて、と言った光秀の左手の先辺りがあり、このままだと本当に垂れてしまうと焦った凪が言えば、光秀が瞼を伏せて吐息で笑った。やがて、ぽたりと男の指先に琥珀の雫が落ちたと同時、繋いだ方の指先でするりと凪の手の表面を撫で、睫毛を伏せたまま黒文字に刺さった団子を口に含む。
「!!」
「……柔らかいな、お前の頬には少々劣るが」
数度咀嚼した後、嚥下した光秀が微かに笑った。口に入れ、広がった味はやはり光秀自身に感慨深さをもたらさないものの、その食感には思うところがある。柔らかさの中に弾力のある安土で評判の団子とて、凪の頬や唇の柔らかさには到底敵うまい。唇、と告げてしまえば、また彼女が不満げに眉根を寄せるだろうからと、敢えて頬だけを取り上げた男に対し、凪のそこがほんのり染まる。
「私の頬はそんなもちもちじゃないです」
「では確かめてみるとしよう」
「け、結構です…!それより、手にたれが落ちちゃいましたよ」
黒文字を持つ片手を引っ込め、それを皿の上へ置いた凪が自分の頬を庇うかの如く片手をあてた。ほんのり暖かな気がするのは、そこに熱を抱いてしまっているからだろう。光秀と過ごしていると、頬やら目元やら耳やら、とにかく色んな場所が火照って仕方ない。知恵熱の折に告げた通り、熱など到底冷める気配がないのだ。
いつ頬を突かれるか分からないと身構える凪が、話題を変える為に声をかければ、光秀はさして気にした様子もなく、ああ、と短い音を漏らした。幸い手に巻かれた白の細布には付着していないが、琥珀色のたれがひとしずく、光秀のしなやかで長い指先に落ちてしまっている。咄嗟に懐から手拭いを取り出そうとする凪を制し、光秀はそっと机の上に置いていた左手を持ち上げた。
(……あ、)