第22章 落花流水 前
別にそれはそれで正直な話、嫌ではないのだが、自分だけというのには些か不満があった。何とか自分も光秀を翻弄出来ないものかと考えを巡らせた凪は、手元にある皿へ視線を落とし、軽く目を瞬かせる。
(お団子リベンジ…!)
摂津で一泡吹かせようとして光秀へ差し出したみたらし団子。あの時はむしろいいようにやり返されたが、今回こそはと凪の中の負けん気が湧き上がる。一方、凪が団子の皿へ視線を落としている様を、頬杖をつきながら眺めていた光秀は、彼女が今何を考えているか手に取るように理解出来、内心でやれやれと口元を綻ばせた。
(次は一体どんな悪戯をしてくるのやら)
猫が悪戯をする前触れのような眼をしているな、と考えていた光秀を他所に、凪は一度黒文字を置いて片手を差し出す。
「光秀さん、片手貸してください」
「どうした、離れているのが寂しくなったか」
「違いますからっ」
凪が左手を差し出した為、正面に座っている光秀は右手を差し出す形になる。突然の申し出の理由を深く問う訳でもなく、揶揄めいた言葉を投げた光秀へ否定を紡ぎ、凪が差し出された光秀の右手を机の上できゅっと握った。先程までしていたような状態となり、光秀が双眸を瞬かせると凪は右手で黒文字を持って団子をひとつ刺す。彼女がやりたい事に見当がついたらしい光秀は、小さく喉奥で笑うと名を呼んだ。
「凪」
「なんですか?」
「左手が寂しいんだが?」
「え、」
たれが滴らないようにしていた凪が顔を上げた先、頬杖をついていた左手を、肘をついた状態でひらりと振って見せた光秀がくつくつと笑いを零す。頬杖をついた状態で動かないと思っていたのか、乾いた声を出した彼女は逡巡した後、眉尻を困った様子で下げた。
「ひ、左手は…置いといてください」
「…ほう、何処へ置く」
「机、の上で」
「詰めの甘い娘だ」
苦肉の策と言わんばかりに苦い調子で言い切れば、光秀が可笑しそうに呟き、大人しく持て余した左手を机の上に置く。反論したいが出来ない状況故、何も言い返さずに黒文字を刺した団子を持ち、そのまま光秀の口元へいつぞやと同じく差し出した。