第22章 落花流水 前
予想外過ぎる返答に驚き、つい納得しかけた凪が零れんばかりに眸を瞠った。その大きな眼が、猫の驚いた様に少し似ていて肩を小さく揺らし、光秀が長い睫毛をふわりと伏せ、白い肌へ薄い影を作る。
「何の力も持たない小娘が、俺の役に立ちたかったと溢した」
「……あ、」
「そんなお前の無垢でひたむきな純粋さと、愚直さが俺には堪らなく愛らしく見えた」
きっかけはおそらく何処にでも転がっていた筈だ。ただ、ひたすら彼女が愛しいと強く感じた瞬間がそれだっただけの事で、心を揺さぶられるようなものは、あの短い摂津での時間の中で沢山ある。認めてしまえば、愛しいと思ってしまえば、後は深く深く落ちて行くだけだ。そうして気付けばこんなにも手放せない存在になってしまっていた。無論、そのすべてを語る必要はない。凪が気付いていなくとも、あるいは片隅にすら残らぬ些細な事であったとしても、何もかも、自分が覚えていればそれでいい。
光秀から貰う、本心に違いない言葉を受けて凪の耳朶が朱を帯びる。穏やかで優しい視線を注がれ、胸の奥がぎゅっと苦しくなるような感覚に陥った凪の指先が小さく震えた。
「そ、そう…ですか」
「顔が紅いぞ。また知恵熱でもぶり返したか」
「違います、光秀さんの所為です…!」
「それなら問題ないな」
何処が、と文句を言おうとしたところで、それまで繋いでいた手がするりと自然に離れて行く。そうして女将がやってくれば、声をかけて二人の中央に団子の皿を置いて立ち去って行った。気恥ずかしさから、咄嗟に机の下へ片腕を引っ込めた凪に対し、さして気にかけた素振りもない光秀は、先程まで繋いでいた手でそっと皿を彼女の方へ押しやる。
少し歪(いびつ)な四角い灰色の皿に、白い団子が六つ、その上に濃い目の琥珀色のたれがたっぷりとかかっていた。見るからに美味しそうなそれを目にした瞬間、凪の眸が嬉しそうに輝く。運ばれた皿は一枚しかなく、案の定光秀自身は頼んでいないのを目にして、凪が些か不満そうに相手を見た。
「やっぱり光秀さんは自分で食べないんですね」