第22章 落花流水 前
そんなこんなで店の端の席へ腰を下ろした凪は、そこでようやく繋がれた手が解放され、そっとひと心地つく事が出来た、筈だった。
甘味処というだけあり、店内は女性客で溢れている。有崎城下で立ち寄った店よりも一回り程大きなそこには座敷席と、テーブル席が設置されており、座敷席は店の奥まった場所に衝立(ついたて)が置かれている形で仕切られていて、それ以外はテーブル席となっていた。店の入り口横には長い床几(しょうぎ)が置かれていて、外で茶や甘味を楽しむ事も出来るが、正直そんな通りに面したところでのんびり甘味を味わう事は出来そうにない。何せ、凪の連れである、彼女の正面の席に座した男はとんでもなく注目を集める。────主に、女性から。
まずは茶を一杯ずつ注文すれば、程なくして女将が二人分の湯呑みを運び、それぞれの前へ置いた。ごゆっくり、と愛想良く声をかけて厨の方へ女将が戻って行き、そうして話は冒頭に遡る、といったところである。
「好きなものを頼むといい」
「あ、りがとうございます…」
周りの視線が気になってしまった所為で、ついぎこちない返答になってしまった凪は、誤魔化す意図で湯呑みへ手を伸ばした。その様子を眺めていた光秀は、当然原因が周りの視線である事に気付いており、しばし無言になった後、ことりと凪が湯呑みを置くタイミングを見てそっと動く。
「こうしてお前と甘味処に立ち寄るのは、摂津以来だな」
片腕は頬杖をつきながら、もう反対の手は凪が湯呑みを離した時に彼女の片手をそっと捉えた。小さな白い手のひらは、繋いでいた所為か、あるいは夏の蒸し暑さの所為か、じんわりと暖かい。机の上で明らかにきゅっと握り込み、時折戯れに指を絡めてやれば、彼女は驚いた様子で顔を上げ、目元を赤く染めた。
「そ、そうですね…!?というかあの、手…」
「─────…離せ、などとつれない事を言ってくれるなよ」
するりと親指の腹が凪の手の甲を滑る。言葉を遮られ、先んじて封じられてしまえば、凪はなす術なく口を閉ざす。困ったように眉尻が下げられ、窺うように軽く上目で見られると、光秀が吐息と共に笑いを溢した。