第22章 落花流水 前
いつの時代も薬、及びその材料となるものは貴重で重要だ。群生地から採取するならともかく、加工済みとなればきっとそれなりにいい価格がするに違いない。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えてこの柄杓(ひしゃく)で一杯分欲しいです」
「杓(しゃく)一杯分で事足りるのか?」
「大丈夫ですよ、幾つかと合わせるので」
「そうか」
本当は自分で買うつもりだったのだが、それを凪が言い出すと、ひと壺買おうとする可能性が高い為、なんとか打開策として量り売り用の柄杓を手に取り、光秀を説得した。幾つかの種類と合わせる、と告げれば納得したらしく、店の奥で微笑ましそうにこちらを見ている若旦那へ視線を投げる。
「御伺い致します。どうぞお求めのお品を仰ってください」
さすが老舗の商家と言うべきか、光秀の視線の意図をすぐさま察したらしい若旦那が近付いて来ると、恭しい所作で二人へ頭を下げて見せた。さらりと肩までの長さである白藍色の髪が流れ、色素の薄い長めの睫毛を優雅に伏せれば、男は柔らかな声色で告げる。
「あ、えっと…その茴香(ういきょう)と山梔子(さんしし)、川芎(せんきゅう)、陳皮(ちんぴ)、あとは薄荷(はっか)を一杯ずつ」
「かしこまりました。……それにしても、お詳しいのですね。女性でそこまで薬草に明るい方へお会いするのは、初めてでございます」
それまで無言で二人の様子を見守っていた若旦那が、台の上に置いていた盆を手に取り、その上へ凪が告げた種類分の丸皿を乗せて行く。五枚の皿を乗せ終えた彼は盆を片手に持ち、迷う事なくそれぞれの薬草が入った壺の元へ向かった。蓋を開け、柄杓で一杯分をすくい、皿の上へそれぞれ乗せながら、ふと若旦那が視線をちらりと凪へ流して来る。
「いえいえそんな!たまたま知ってたものが沢山あっただけで……女の人だと、そんなに珍しいですか?」
「無論女性を軽んじているといった意図ではございません。薬師は男の方が多いものですから」
「確かにそうかもしれないですね」
若旦那の灰色の眼は思った以上に切れ長だった。柔和そうな笑みを浮かべているからこそ、初対面で鋭い印象を受けなかったらしく、視線を流された時、反射的に目にした男のそれは涼やかであり、鋭利にも見える彼の目元はやはり清秀に似ている。