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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第19章 響箭の軍配 弐



「言葉を発したくないならば結構。どの道お前はここから帰す訳には…────」
「【錦木(にしきぎ)】」

光秀の言葉を遮るかの如く、男がたった一言呟く。
覚えのあるその名に金色の双眸を瞠った刹那、男は奥歯を覗かせ、そのまま勢い良く前歯を噛み合せた。

「…吐き出させろ!」

噛み合わせのかちりという音と共に、奥歯で鈍くかりっ、と何かを噛むような音を耳にした光秀は、咄嗟に背で拘束する兵へ声をかける。片手で顎を持ち上げたまま、反対の手でぐいと力任せに口を開かせた光秀は、奥に残る小さな黒い丸薬のようなものを見て取り、双眸を眇めた。

「光秀様!お下がりを!」

背を荒々しく叩く兵を片手で後方へ押しやり、光秀へ切迫した声色のまま声をかけた九兵衛が男の肩を無理矢理横へ薙ぐ。それと同時、口から大量の赤を吐き出し、身じろぎの間もなく男は事切れた。倒れ込んだままひくりとも動かぬ様子を見つめ、光秀は静かに立ち上がる。

「……奥歯に毒薬を仕込んでいたようですね」
「…雨が上がり次第、弔ってやれ」
「御意」

九兵衛が近付き、低めた声色で告げた。敵であれ味方であれ、不用意に散らされて良い生命は存在しない。それが、部下の一人にすら心を割かぬ男の所為で、散らしたものであれば、尚の事。雨ざらしにせぬよう、見えない場所へ男の亡骸を運んで行く部下達を見やりながら、光秀が静かに命じた。

「……凪はどうしている」
「光忠殿と共に、負傷者の天幕の中へ留まっております」
「…そうか」

短い相槌を打った光秀は、雨に打たれる事も構わず、亡骸が運ばれて行く様を見つめている。

(【錦木(にしきぎ)】の花言葉は、危険な遊び)

摂津で凪に気付かれず、清秀が挿した簪に描かれていた、毒々しい赤を思い出し、光秀は眼を鋭くした。降りしきる雨が止む気配は未だない。睨むように天を見上げた男の銀糸をしっとりと濡らした雫が肌を滑り落ち、白い着物へと沁み込んで行く。
やがて曇天から視線を外した光秀は、静かな足取りのまま自らの天幕内へと引き返して行ったのだった。

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