第19章 響箭の軍配 弐
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────翌朝、明け六つを待たずに開戦の狼煙が上がった。
夜明けからの開戦、と告げられた言葉の通り、山の麓で陣を張った信長の本隊三千が平野へと繋がる地点で辛うじて視認出来る距離に並び立つ、敵の小国軍六千と対峙し、騎馬兵を先陣として送り出した両者がぶつかり合う。
槍を片手に突っ込んで行く両者の争いは、平野の中央部で一進一退を繰り返していた。
総大将たる信長が直接指揮を取る様は兵達の士気を著しく上げ、敵の勢いを次第に削いで行く。だが、倍となる敵軍勢の勢いも、これに負けたら後がない、と散々大名に捲し立てられていた事もあり、まさに背水の陣状態で臨んでいる為、容易に退けるような状態ではなかった。
手にした刀を一閃し、向かって来る敵を容易に斬り伏せた信長が騎馬上で冷たい眼に退屈そうな色を過ぎらせる。総大将たる信長が突然前線で討って出て来た事に敵は狼狽えていたが、今こそ好機と見てその首を狙わんと果敢に挑んで来ていた。
「信長覚悟!!」
「────…ぬるい」
振り下ろされた刀を避けつつ、刀を袈裟懸けに下ろせば真っ赤な鮮血が飛び散り、鎧ごと斬られた兵はそのまま地面へゆっくりと倒れ込む。馬を器用に捌きながら刀を振るうその姿は、返り血を浴びている事も相俟って、悪鬼羅刹のそれと呼んで憚りない。周りを囲っていた兵達が倒れ伏す様子を見やり、挑まんとしていた者達は思わずその場に立ち竦んだ。
「どうした、この程度で足を竦ませるとは笑わせる。俺を討ち取らんとする気概のある者はおらんのか」
「ひ…っ!」
血の如き緋色の眼を向けられた若い兵は、馬上からかけられた淡々とした声色に身震いし、刀を打ち捨てて背を向ける。掃討戦とは呼べない此度の戦において逃げるのならば、深追いは無用。真紅に染まった刀を一度振り、流れる血を振り払った信長は背後にそびえる山へちらりと視線を流し、微かに眼を眇めた。
「……やり過ぎない程度に奮戦せよ、とは…光秀め、なかなか愉快な策を思い付いたものだ」