第18章 響箭の軍配 壱
言いたい事を言って満足したらしい凪は、再びくるりと寝返りを打つ形で背を向けた。腕の中にある体温は夏のこの時期では少し暑い。それでも、光秀は彼女の腹部に回した腕を外す事が出来そうになかった。
凪の愚直なまでの健気さは変わらない。覚束ない両足で必死に揺らぐ乱世の地に立つ彼女は、今も尚、光秀が魅せられた光と強さを持って立ち向かおうとしている。戦う術とは、武器を持ち振るうだけでない。しかしそれに気付き、実行出来る者はおそらく少ないだろう。
(…いっそ恐ろしいと言ってくれれば、今すぐお前をこの場から引き離すというのに)
きっと凪はそれをしない。自分だけが傷付かない道を望むような事はしないと、これまで過ごした期間で容易に理解出来る。
程なくして、微かな寝息が聞こえて来た。何だかんだと身体を動かし続けていた所為だろう。何事もなく振る舞ってはいたが、本当は相当疲れていた筈だ。腹部に回していた腕を、起こさないようそっと自らの方へ抱き寄せる。
抵抗なく背中から光秀の胸へ収まった凪の身体は小さくて華奢だ。一度腹部から腕を離し、着替えの一件で櫛を通し忘れたのだろう髪を優しく梳き、そこへ瞼を閉ざしたまま口付ける。
(せめて今宵は、穏やかに眠れ)
明日の不安も、予見が【見せ】た恐ろしい未来からも、あの男からも。お前を苛むすべてから守ってやると心の中で囁きながら、光秀は凪の暖かな身体を再び抱き寄せてそっと瞼を下ろした。