第13章 再宴

「おや、まさか気付かれるとは。やはり仔犬の鼻は騙せないな」
「鼻って言わないでください、鼻って…！」

しれっと言ってのけたそれは、家康が指摘した通り光秀が白湯の銚子に手を加えた事を示している。鼻を強調されるのは、やはり女性として色々と恥ずかしいといった事もあり、眉根を寄せて複雑そうな面持ちをした凪が文句を言う中、家康は凪の手にある白湯入りの盃───否、にごり酒の盃を手に取り、軽く匂いを嗅いだ。
しかし家康にはそれが白湯の匂いであるようにしか感じられず、凪が盃へ口を付けていない事を知っていた事もあり、それを一口呑み下す。

「……確かににごり酒、というか白湯ににごり酒を混ぜたものだ。あんた、よくこんなの気付いたね」
「仔犬の特技というやつだ。覚えておいて損はない」
「そういう宣伝の仕方止めてください、もう…！」

静かに驚きを示す家康に対し、光秀が告げた。揶揄めいた色を帯びてこそいるが、家康には隣に座る男の言わんとしている意味が分かる。微量であっても、特定の物の匂いを嗅ぎ分ける事が出来るというのは、確かにこの乱世においては秀でた特技だ。昨夜の一件がまぐれや予め示し合わせたものでない事など理解はしていたが、これで凪の実力は確かに家康の認めるところとなった。

（……なるほど、これを上手く使いこなせるよう俺が舵取りをしろって事か）

おそらく全て計算の内なのだろう。凪の文句を受け流しながら隣で飄々と受け答えをしている男の横顔へちらりと視線を向け、食えない織田軍の狐に対し内心でそっと溜息を漏らした。

「凪」

そうしている内に、ふと良く通る声が凪の名を呼ぶ。
わざわざ相手を確認するまでもない低く威厳のあるそれは、上座から発せられており、凪は我に返った様子で顔を信長へと向けた。
自らを真っ直ぐに射抜く緋色の眸を前にし、凪が無意識下で姿勢を正す。

「はい」
「傍へ来い」