第4章 宿にて
────────…
予定よりも少し長引いた休憩の後、再び馬を走らせた二人はそのまま何度か適度な休憩を挟みつつ、関所を避けるようにして道をある程度迂回し、国境を越えて隣国である山城国へと踏み入れていた。
光秀曰く、山城国は今回の目的地から見ればいわゆる中継地点であり、今夜の宿として利用するに留めるらしい。あまり長く留まりたくない場所だと零していた男の姿を思い出しながら、街道と立ち並ぶ木々といった景色ばかりを眺めていた凪は、半日ぶりに見る人工的な建築物に心躍らせた。
かなりの早朝に出発したにも関わらず、二人乗りの馬での移動という事もあってか、陽は既に西へと傾きかけている。
空の向こうが薄暗くなりつつあるものの、初夏である為、日の入りにはまだ時間があるからか、遠目から見ても人通りは多い。
光秀が予め手配していたという旅籠は町の奥まったところにあるというので、町中へ入る手前から馬を降りた二人が入口付近に至ると、そこに立っていた一人の男がそっと歩み寄って来た。
「光秀様」
旅装束をまとった男は、静かな調子で光秀の名を呼ぶと不自然でない程度に目礼する。
「ご苦労だったな、九兵衛。昨日の今日で随分と急な命を下した」
「長くお仕えしている以上、ある程度の予測はついておりましたので問題ございません」
「そうか」
淡々と答える男に対し、低く笑った光秀が手にしていた馬の手網を九兵衛と呼んだ男へ委ねた。まるで示し合わせていたかのようなやり取りを前に、凪は二人を視線だけで見比べて目を瞬かせる。
「この男の紹介は追々してやるとして、日が暮れる前に町に入るぞ。宿までは歩きだ。余所見し過ぎて迷子になってくれるなよ」
「なりませんよ、子供じゃないんですから…」
今はまだ紹介する段階ではないという事か、九兵衛に関しては特に触れる様子もなく光秀が凪へ向き直った。
軽く首を傾げて見せた男の銀糸がさらりと流れる。明らかな揶揄を乗せた唇が笑みの形になるのを前に、凪が眉根を寄せて反論した。
「後は頼んだぞ」
「はっ、…光秀様もお戯れは程々に」
「さて、それは約束出来んな」
一声かけて背を向け歩き出した主君に対し、九兵衛は短く返答しながら、いまだ愉しげな主の顔色を見て小さく言葉を添える。