第13章 再宴
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光秀の御殿内では今、密やかなる衝撃が走っていた。
冷静沈着且つ、大胆不敵。そんな言葉が似合う御殿の主たる光秀が寝坊(といっても一刻程度だが)した姿など、長らく彼に仕えている家臣達は一度たりとも目にした事がなかったからである。
どんなに疲労困憊であっても、その様を表立って曝け出す事のない光秀が、長旅を終えて帰宅したその翌朝に寝坊するなど、まさに前代未聞、青天の霹靂たる出来事であった。
そして衝撃はもうひとつ。
珍しく起きて来ない主人を慮り、様子を窺いに奥の棟にある彼の自室を訪れた家臣の一人がとんでもない急ぎ足で厨へ戻って来るなり、そっと目頭を押さえ出したのだ。
慌てた家臣達が帯刀して駆け出そうとするのを必死に引き止め、今は絶対に邪魔をしてはいけないと鬼の形相で言うものだから、一体何が起きたのやらと怪訝な顔をした家臣達に向かい、様子を窺いに行った男が告げる。
光秀様が織田家ゆかりの秘蔵の姫と褥を共にされていた。
さざなみのように広がる動揺と喜びに沸き立つ家臣達はそっと諸手をあげた後、声を殺して男泣きの始末である。
家臣としては、なかなか身を固めようとせず、確固たる地位にありながらも欲に溺れる事のない、自身に対する優先順位の低い主を誰もが案じていた。
何処かにあの御方を理解し、お傍でお支えくださる気立ての良い娘は居ないものかと考えてはいたが、よもや家臣がそんな事を気安く進言出来る筈もなく、歯痒い思いを抱えていたのである。
そこに来て、まさかの事態。長旅に姫君をお連れする形となった事を聞き及んだ家臣達は皆一様に彼女の身を案じたが、無事に戻られた事へ深い安堵を覚えたが、家臣の中にはその旅の過程で距離が縮まったのではと推測し始める者まで現れる始末。
いやはやそれにしても、そのような素晴らしい御方がよもやお相手だとは…!
そんな家臣達の至極当然な、しかしとんでもない勘違いの所為で御殿中の者達から、まるで我が主を頼みますと言わんばかりの生暖かな視線を向けられていた不思議そうな面持ちの凪が、面白そうに笑いを殺す光秀と共に遅めの朝餉を共に摂った後。