第7章 摂津 参
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摂津国、有崎城下町潜入三日目。
昨日よりも幾分気温の高い日中、縁側へと繋がる障子を両方とも開け放った状態で室内へ風を招き入れていた凪は、ぼんやりとしたまま座り込んでいた。
板張りの張り出しは材質の所為もあって、ひんやりと冷たい。
行儀が悪いかと懸念したが、今は誰も居ない事もあり、凪は格好こそ小袖と化粧を施してはいたが、裸足のまま張り出しに腰掛けた状態で手持ち無沙汰に足を軽くふらふらと揺らしていた。
打ち掛けをまとっていない事と、大きめの衿合わせによって覗く項(うなじ)や後ろ首をぬるい風が吹き付けた。暑いからと上でまとめた長い髪、そのおくれ毛がふわりと微かになびく。
仄かな湿気をまとう風であってもないよりはマシというものだ。たった数日の事ではあるが、季節が夏へ移り変わりつつあるのかと実感しながら、特にする事もないので庭先を眺めた。
「現代の娯楽って偉大だなあ。…戦国時代、暇過ぎる」
ぽつりと呟きを落とした凪の言葉に応える者は居ない。
こうして些か砕けた様子で凪が無防備にしていられるのには、理由があった。
摂津の異変を確かめる任へ発って早四日、ここまで長い時間を一人で過ごすのは初めての事である。
山城国の町で置き去りにされた迷子事件を除き、光秀はほとんどといって良い程に凪と共に時間を過ごしていた。
しかし現在、光秀の姿は宿の一室のどこにも無い。
ふと振り返った先、文机が置かれているその場所は無人であり、真新しい文をしたためる為の紙と硯、筆だけが置かれていた。
「……なんか、光秀さんが一緒に居ないって変な感じ」
小さく呟きを落としてから凪は自らの発言の意味に遅れて気付き、大きく目を瞠る。
ここ数日行動を共にしている所為で感覚がおかしくなってしまったのか、あるいは戦国時代でここまで一人で過ごすのが初めてである所為で、心細くなってしまったのか。
そんな自身の感情を振り払うよう、誰も聞いていないにも関わらず凪は首を振った。
(いやいや!何考えてんだろ。一緒に居たら居たで意地悪されてばっかじゃん…)
心の内で否定を零し、数刻前の出来事を思い返す。
昨夜の亡霊調査から帰った後、光秀は寝支度を早々に凪へ整えさせて、褥へ押し込んだ。