第10章 心契
彼の匂いがすぐ近くにある。彼とこんなに近くで触れ合ったのはいつ以来だっただろう。
「冷てえ。」
その声で自分が目も当てられないくらい涙を零していることを知った。
「ラクサス…ごめ、」
「謝るのは俺だ。お前はずっと、俺に寄り添ってた。それに気付いてなかったのは俺だ。すまねぇ。」
「私は…貴方を、貴方の心を、護りたかった。私を見てくれなくても良い、強くなんてなくて良い、仲間たちとかけがえのない毎日を、過ごして欲しかった。」
「それを壊しちまったのは俺だ。お前のせいじゃねぇ。」
「違う、私は…、私は…自分が可愛くて、貴方に嫌われたくなくて、!」
「もういい。リア、俺を見ろ。」
そう言われて彼の胸から顔を上げる。正面から見た彼の眼は酷く澄んでいた。ああ、もう、私は要らないのだと悟る。彼は前を向いて歩いて行く決心が着いたみたいだ。
「お前は、妖精の尻尾に居てくれ。俺の帰る場所に、お前は居てくれ。」
予想外の言葉に目を見開く。限界まで開いた眼に残っていた涙が1粒頬を伝うのを感じた。その涙を無骨な手が拭う。
「今…何て?」
「きっと俺は帰ってくる。お前はそこで待っててくれ。」
一度は止まったはずの涙がまた溢れ出す。喉が焼けるように熱くて、私は何度も頷くことしか出来なかった。彼の身体に腕をめい一杯回して抱き締め、胸に頭を擦りつける。
「…離れていても、ずっと貴方を想ってる。今まで通りに、貴方の側にいる。」
「…ああ。」
これが最後ではない。でも次はいつ逢えるのか分からない。離れるのは辛いけど、彼が自分でそう決めたのだから私は笑って見送ろう。意を決して顔を上げる。
「ラクサス、行ってらっしゃい。」
彼は一瞬目を見開いたがすぐに目を細めてああ、と言った。
腰に回っていた彼の腕の拘束がきつくなって、私の身体が更に彼に近づく。そっと口に柔らかな感触を得た。
彼の温もりが去った後も私はしばらくそこに居た。
涙は風が攫って行ってくれた。新たに歩き出すための希望は彼が残していってくれた。
もう、大丈夫。
私は、彼の帰る場所を、護ろう。