第9章 鎖
それからしばらくたったある日、ローグとお嬢は仕事に出かけた。珍しい組み合わせだと思いながらお嬢が少し羨ましかった。彼に救われてから約3カ月、ローグに感じている想いはただの感謝から思慕へと変わっていたのだ。
徐々に“普通の”生活に慣れてきてはいるし、仕事も1人で行けるようになった。それでも時折悪夢を見る。この幸せを奪われてしまうことに言いようもない不安を感じる。
「リア様、具合はどうですか?」
「また随分と魘されていたと記憶している。」
ユキノとルーファスにまで心配をかけてしまったようだ。
「大丈夫。きっと時間が経てば、大丈夫。」
恐らくこれは私の願望。時間の経過で鎖が緩むはずもないことをどこかでは知っていながら、口をついて出るのは自分を慰める言葉。
「…そうですか。お大事になさってください。」
「何かあったら言ってくれ、力になろう。」
「うん、ありがとう。」
二人はなぜか目を見合わせてから、去っていった。どうしたのだろう…?と、そこに仕事から帰ったらしい2人の声が聞こえる。
「ただいま。」
「今帰ったぞ。」
「お帰りなさいませ、ミネルバ様、ローグ様。」
「リアはどこじゃ?」
「リア様ならそちらに。」
「リア、これを。」
「なに?」
2人は受付への報告もそこそこに私に完遂したはずの依頼書を差し出す。その依頼書に書いてある討伐対象組織の名前を見て私は震えた。
「…大陸最大の人身売買組織、マンイーターの…壊滅。」
マンイーター…忘れようもない。私がかつて商品として扱われていた組織だ。
「二人で…これを?」
「そうじゃ。」
「リア、もう大丈夫だ。」
お嬢が誇らしげに胸を張り、ローグの手が私の頬を滑る。いつの間にか頬が濡れていたようだ。嗚咽を漏らす。恐怖による涙しか知らなかったが、これはそうではない。
「ありがとう…。ありがとう、ありがとう!」
「礼はもう良い。それよりも今度は妾と仕事に行かぬか。」
「お嬢、オレが先だと決まったのではなかったか?」
「バカを言うでない、妾が先じゃ。」
「いや、俺だ。」
「…フフッ」
一緒に大仕事を終えたばかりなのに、そんな些細なことで喧嘩になる2人が可笑しくて、心からの笑みを初めて漏らした。
私を縛る鎖はもうない。