第9章 鎖
背中に大きく残る醜い傷跡、うなじに焼き付けられた刻印の跡。うなじの刻印は綺麗に消され、今では剣を咬む虎が描かれたギルドマークがある。それでも私を縛る鎖はまだ解かれてはいない。
下卑た嗤いと怒鳴り声。そして頭を強く押さえつけられる。手間かけさせやがって!!もう逃げねぇように調教しねぇとなア…そして灼熱が首筋に近づく。
自分の喉から出ているとは思えない叫び。
肉の灼ける匂いと音。
早く終わって。
終わって。
もう逃げないから、お願い。
ゆるして。
「…!リアッッ!!」
「ろー…ぐ」
「大丈夫だ、もう大丈夫。」
まただ。また寝たまま叫んでいたらしい。しっかりと体に回された腕の暖かさに少しずつ落ち着きを取り戻す。手の爪には赤い血が滲んでいて、首の後ろが濡れている感じがする。
「リアは、落ち着いたか?」
ガチャリとドアを開ける音と共に人影が見えた。
「ああ、今目を覚ました。」
「お嬢、ごめん。起こしちゃったね。」
「構わぬ。妾の心配よりも自分の体を労われ。ひどい隈だ。」
「ありがとう。」
「ローグ、今日はお主が居てやれ。」
「ああ。」
「では、妾は戻るぞ。また明日な、リア。」
「おやすみなさい、お嬢。」
お嬢が出ていき、部屋の中には静寂が満ちる。ややあってローグが遠慮がちに声をかけてきた。
「俺はソファーに居るから、もう少し眠れ。」
そう言ってベッドから降りて行こうとする。彼だって十分な睡眠を取れていないだろう。幸いこのベッドは大人2人が寝ても大分余裕がある。
「ローグ、ベッドに寝て。」
「…は?」
「2人くらい大丈夫。」
「いや、待て。そういう問題じゃない。」
「また魘されてたら、助けて。」
「…はぁ。分かった。」
たっぷりの間があってから何とか彼の同意を得た。もぞもぞと隣に横たわる気配がする。そういえばフロッシュはどこに行ったんだろう。レクターと一緒かな、なんてそんなことを考える。そうしていないと、またあの悪夢のことを考えてしまいそうだった。
ふと背後にある彼の気配が動いて、頭に大きな手が乗った。そのままするすると髪の毛を梳いてはまた頭頂部に戻る。それがどうしようもなく心地よくて、次第に意識は薄れて行った。
「おやすみ。」
最後に聞こえたのは叫び声でも怒鳴り声でもなく、穏やかで大好きな人の声。