第16章 正体
ノア
「彼女達には申し訳ないんですが、任務が忙しいんで…中々」
注ぎ終えたグラスをサーラに渡しながらノアが告げると、赤で彩られた爪が映える白い指先でグラスを受け取ったサーラが、また笑む。
任務が忙しいのは事実だがノアの言葉は嘘。
以前はその合間でも女性と食事をしたりしていたのだから。
だが、彼の嘘に気付かないサーラは自分は選ばれたのだと優越感に浸る
サーラ
「じゃあ…乾杯」
ノア
「乾杯」
重なり合うグラスの軽やかな音は、まるでこれから始まる事へのゴングの様にノアには響く。
シャンパンを喉に通したサーラは僅かに目を丸くして、その美味しさに驚きを示す。
サーラ
「これ、凄く美味しいわ」
ノア
「サーラ補佐官に気に入ってもらえて良かったです」
隣に座るサーラへ笑みを向け勘づかれぬ様、接しつつレティシアが教えてくれた事を思い出す。
だが、これをまだ口にするのは流石に早過ぎる。
レティシアの話では、サーラは酔わせてしまえば自分からポロポロと何でも話してくれるらしい…ものの、ノアは不安になる。
ノア
(酔ったくらいで秘密を話しちまうなんて…補佐官ってそれで良いのか?…いや、でも)
そこでノアは思い出す。
"酔うまで呑まない"とレティシアが言っていた事を。
ノア
(成程。酔う手前までしか呑まねぇって事ね。…呑ませるの手強そうだな)
ノアは内心苦笑しながら、どこか機嫌が良さそうに見えるサーラをこっそり観察をしていると不意に彼女が、ノアへ視線をやる
サーラ
「今度、レティシアちゃんに訓練生達の授業をしてほしいんだけど…彼女、受けてくれるかしら?」
ノア
「受けると思いますよ。ただ…」
サーラ
「ただ?」
ノア
「体術をやるんであれば…訓練生達が危ないかもしれないですね」
その言葉にサーラは一瞬きょとんとするも、口元を抑えて笑みを吹き出す
サーラ
「大丈夫よ。危ないくらいが丁度良いわ。危機感がないと人は助けられないもの」
訓練生や市民を想った優しい眼差しを向けられノアは、何だか酔わせようとしているのが申し訳なくなってくる。
だが、真実を突き止めないと被害が増えると思い直し自分自身に喝を入れる