第1章 【氷月】ちゃんとお嫁に来て下さい
対して自分の家も同じく旧い家だが、尾張貫流槍術で功名を立てている。
その積み重なった歴史がある以上、桜子に負けることはあってはならない。
ーーたとえ、彼女がどれ程天才肌で、自分よりも己を律した努力家だったとしても。
そんな事は、分かっている。分かっているーー
でも。たまに、思うのだ。せめて家が逆なら。
自分の性別が違えば、ここまで言われないのではないか。弱音を口に出すのは許されない。
でも、心の中位ならーー
桜子みたいな、才能に恵まれた努力家でありたかった。彼女の様な、ちゃんとした人間になりたいーー
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「……はあ?」
氷月の口がはくはく、と動いた。信じられない。そんな事、あってはならない。
「ん、聞こえなかった?私今月末で道場辞めるんだ。氷月君と会う機会も少なくなっちゃうかな」
へへ、と少女は笑う。彼女の胸元で、銀色のロザリオが揺れた。先祖がキリシタンだったからか、彼女も敬虔な信者の様で、防具を着て練習する時等、どうしても外さなければならない時以外は肌身離さず持っていた。
朝日が少年の後ろから道場の床へと差し込んでいる。逆光を浴びて立つ氷月の顔に影を落としていた。
小学校もまもなく卒業という頃。いつも通り朝練に来ると、当然の様に朝から基礎練をしていた彼女にそう告げられた。
「なんで……」「だって私の家、そもそも武術の家じゃないし。それにやりたい事が見つかったんだ。本気でそれに打ち込みたいの」そう言う彼女の笑顔に嫌気がさす。今までの練習は彼女にとって、『本気』ですら無かったのか。