第1章 【氷月】ちゃんとお嫁に来て下さい
「彼女は非常にきちんとしているーーそうは思わないか、氷月」「はい、お父様。私も彼女を見習います」「そうするといい」
本当は、向いてないのだ。
運動に向いた反射神経とも思えない。目付きのせいか視界が狭い。桜子の様に、煌々と輝く大きな瞳と動体視力、反射神経、試合ではまるで人格すら切り替わる様な冷徹な判断力と相手の攻撃を読む洞察力を持った『天才』では無い。
身体も彼女と大差ない。成長すれば大丈夫、彼女が上に立つのは今だけだ、と周りは言うが、そんな事は幼い自分には信じられなかった。
今目の前にある「武道の家柄でもない、同い歳の女子に負け続けている」事実が、ただ悔しかった。
床の間に掛けられている家訓が目に入った。
『己を律するを忘るるな』
ーー氷月の家は、元を辿れば尾張貫流槍術で活躍した戦国時代の1人の家臣。その縁故の為に、目の前で静かにご飯を食べる父も、先代の尾張貫流槍術の継承者として道場で教える立場だった。今は引退し、後継者が教えて居る。
そこに氷月が放り込まれるのは、必然の流れ。
黙々と食事を続けた。すると、先に食事を終えた父が箸を置く。
「氷月。」「はい、お父様。」
「継承するんだ、お前が。尾張貫流槍術を。そして後世に残せ。己を律し、他を律し、他より優れた人間として上に立て」それだけ言い残し、父は部屋を去った。
ーー要するに、『尾張貫流槍術を代々継いできた家柄のお前が、何故おなごに負けている。一番を取れ』と言う事だろう。
確かに桜子は武家ではあるが、実は武術で取り立てられた家柄では無い。その知略を持ってして仕えた、所謂『軍師』という役職だ。