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dcst 夢小説 短編まとめ

第3章 【ルリ】君にありったけの幸福を


「私も、思うのです。咳き込む度に皆がいつこの咳は止むのかと待っている視線を受けます。その度に何とか押さえ込もうとするのですが、いつも空回りして。止まった頃に、やっと収まってくれたと安堵しては、《次がある》のだと思うと少し気が遠くなります」
 ルリが地べたにずるりと座り込んだ。桜子も松葉杖を倒して、同じように隣に座る。うん、そうだね、とひたすら相槌を打ってくれる。胸の奥底に燻る弱さをさらけ出していられる彼との時間は、話す内容こそ辛い話ばかりの筈なのにどうしてか酷く穏やかだった。約束しよう、と桜子が言い出した。
「僕の命の灯火があるまで。君の話を聞くよ。僕だからこそ、聞ける話があると思うから。……僕のお願い、聞いてくれるかな?巫女様」
「……はい。よろしくお願いしますね」
 そう返事をすると、桜子はにっこりと昔のように穏やかでいて暖かな笑みを浮かべてくれた。ルリはたまに彼を呼びつけては、話をするようになった。万が一の時の為に笛を持たされた彼は、ルリの元に身体を引きずって来ては話を聞いた。患者達の些細な交わり。されど塵も積もれば山となるように、日々が積もり積もって、やがてとある日を迎えた。

「桜子、起きているか?温泉水を持って来たぞ」
「ああ、コハク。いつも僕とルリの為に持って来てくれてありがとう。……後ろの人は?見慣れない顔だね」
「あ゙ー、テメーがコハクの姉と同じ病に罹ってるっつー奴か」
 白菜のような頭をした少年が、ひょこっと戸口の影から顔を出した。聞けば、抗生物質とやらを作ればルリの病を治せるかもしれないらしい。突拍子もない話に、桜子は目を丸くした。本当にそんな奇跡の御業があるのか?と。しかし千空と名乗る少年には、嘘をついている素振りはなかった。ククク、と低く笑ってこう宣言した。
「テメー、ちょっと手伝いやがれ。ルリのやつ助ける為に実験台になってもらうぞ」
「はは、ルリの為になるならこの短い命、差し出すよ」
 千空と名乗る人間に、彼は身を委ねる事にした。御前試合も終えて薬を完成させた千空は、まず桜子に薬を飲ませた。科学の薬を口にしてから、急激に咳が酷くなった。視界が眩む中で、クロムが彼の名を呼ぶ。その姿に千空は当たりだとガッツポーズをした。肺炎。初めて聞く病名を、桜子は脳裏に刻みつけた。
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